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昭和60年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連中曽根自衛隊核攻撃惨事の背景には山姥(地底人)があった

2012/05/20 16:03

 

 1985年8月12日のJAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事は山姥がファーストクラスに出現した。

リークされているボイスレコーダにも高浜機長佐々木副操縦士福田航空機関士の他にもう一人の声紋が記録されている。

 

それで、山姥をどう退治するかについて対立が発生した。

 

米軍はウルトラマン形式で横田に着陸させ乗客乗員は助け山姥だけを退治する方向、

日本政府自衛隊は、JAL123便ごと抹殺する方向、

 

この対立の下、

最終的には御巣鷹で自衛隊(イラン台湾ソ連中国イタリアフランス)と米軍(米国)の戦闘も発生した。

時の中曽根総理は帝国石油の資金でイランべったりだった。

 

4人+1人の生存者の救出につながった臼田町民グランドからのレスキュー隊は米国勢力によるものだった。

人道的な対処に最後まで尽力したのは米国勢だけだった。

 

 

 

 

 

↓運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書より。

この報告書には米国の意向により「異常外力」が原因であることが明記されている。

 

 ↑運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書より。

この報告書には米国の意向により「異常外力」が原因であることが明記されている。

JAL123便に「異常外力」をもたらした(JAL123便を攻撃破壊した)機体は、ソ連Tu95ベアと中曽根自衛隊(イスラムイラン→日本の調査別室)ミサイルである。生存者虐殺の自衛隊部隊は小沢一郎公安警察(中国中国公安部習近平)であった。

米軍は、終始、救援・救助につとめたが、救助部隊や警視庁、及び、米軍最強のSR-71ブラックバードまでもが自衛隊に撃墜されてしまう事態となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<1985年8月12日の「JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国中国公安部)」> 

日航ジャンボ123便 米軍ブラックバードSR-71頭部は北緯36度0分22.2秒東経138度39分27.7秒に存在する。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/1028.html
(回答先: Re: 日航ジャンボ123便 統一教会とアメリカとの確執はJAL123便の際ソ連台湾自衛隊がSR-71等を撃墜したことに起因する)

 

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国中国公安部)では、日米韓の自由勢力が大打撃を被った。

 

米軍ブラックバードSR-71頭部は、北緯36度0分22.2秒東経138度39分27.7秒に存在する。 

 

 

 

 

 

 日航ジャンボ123便 米軍ブラックバードSR71それはとてもお人好しなツバメの物語 夏が過ぎたの知らずにいて凍えたツバメ  

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/1029.html

 「救助」に参加した日本側に配布された皮肉たっぷりの記念メダル。

 

米軍横田基地に着陸しようとしていたJAL123便

 ↑運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書より抜粋。

JAL123便が横田基地に着陸しようとしていた状況である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日航ジャンボ123便 「さいたまさいたま」や「自由民主党」といったロゴは、御巣鷹山~船留の地形であり、ピカを表現している

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/1032.html

 

1985年8月12日、日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国中国公安部台湾客家)による、日米ユダヤ勢力への攻撃、首都圏への核汚染が発生した。

御巣鷹山(1639m)~船留(1815m)付近の地形
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/10867.jpg
は、
・「さいたま」
・「自由民主党

といったロゴに採用され、

・マルキスト中国台湾(日本国内では公安のゼロという組織)
・イスラムイラン(日本国内では自衛隊114部隊という組織)

による、日米ユダヤ勢力への武装攻撃だということを啓蒙し続けている。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長野県北相木村へワープ飛行したJAL123便

↑運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書305ページ~306ページのLOC1及びLOC2のグラフの値が突然ぶっとんでいることから、JAL123便がワープ飛行していたことが読み取れる。

1985年8月13日の朝日新聞記事報道とあわせると、JAL123便は横須賀付近で北相木村へワープしてから茅ヶ崎沖に戻ってきたことが浮かび上がってくる。

 

 

 

 

↓ CMD2 LOC1の詳細記載が無い運輸省報告書

 運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書307~308ページではCMD1及びLOC2のグラフが重複している。CMD2及びLOC1のグラフが欠損しているので正誤表に掲載されてもよさそうなものであるが、表記が無い。

よって、

・CMD(飛行モードのオート/マニュアル) 

・LOC(ロケーション)

について議論が必要という意味で、あえて、このような表現方法をとったものと想定される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 重力低減装置で飛行したJAL123便

 ソ連TU95ベア及び自衛隊に攻撃されてからのJAL123便は重力低減装置飛行バックアップ装置で飛行していた。 

昭和60年ジャンボは絶対に落ないと言われていた。このUFO技術が墜落防止バックアップとしてSRに導入されていたからである。重心位置付近に光として銀塩フィルムに写っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 <1985年8月12日の「JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国中国公安部)」 と 2011年3月11日の「311」の日本攻撃構造攻撃構造は 中国イラン等のマルキスト 及び イスラム で同様>

「ちきゅう」号が来ると地震が起こりますが

http://www.google.co.jp/search?q=%E3%81%A1%E3%81%8D%E3%82%85%E3%81%86%E3%80%80%E5%9C%B0%E9%9C%87&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sourceid=ie7&rlz=1I7RNWE_jaJP310&redir_esc=&ei=Pqq7T-CuFY2PiAfH9pGPCQ

 

「ちきゅう」の様子

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/021/709/01/N000/000/000/130304516076516215771_chikyu.jpg
を見ますと、「ちきゅう」で人工地震の素を埋設しているのは、ロシア近辺ステップ草原のマルキスト民族であることがわかります。

ロシア~中央アジア~イラン 付近に見られる人種の白人です。

 

「白人」というと、米英を連想しがちですが、米国はトモダチ作戦のように日本を支援し、北米大陸も汚染を被っており辻褄が合いません。

 

なぜ、日本の「ちきゅう」を中央アジア人が操っているのでしょうか。

実は、ロシアステップ平原のマルキスト遊牧民(中露台湾イラン等アジアフリーメーソンマルキスト)が
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/021/709/01/N000/000/000/130304516076516215771_chikyu.jpg
のように、「311」を仕掛けていたことになります。

 

確かに、ロシアは大産油国
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%8E%9F%E6%B2%B9%E3%80%80%E5%A4%A9%E7%84%B6%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%80%80%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%80%80%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sourceid=ie7&rlz=1I7RNWE_jaJP310&redir_esc=&ei=R667T8vYBpHImQWxxJysCQ
で、人工地震の素を埋め込む掘削技術も有しており、イランの天然ガスも開発していますが、まさか、イランの連中が日本の「ちきゅう」を操って人工地震攻撃しているとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国中国公安部)後、御巣鷹界隈は中国ロシアに占領されたままである。


御巣鷹界隈を占拠しているのが東京電力(中国台湾企業)神流川発電所だ。
上野ダムと南相木ダムによる神流川発電所は「47万キロワット」である。

中国支配を象徴する47万キロワットという数字に設定している。

御巣鷹の神流川発電所は今年、94万キロワット(公称)に増設完了となる。


しかし、
水力発電所としてのダムの大きさはいかがなものだろうか。
南相木ダムの貯水量は、黒四ダムの12分の1程度だ。
黒四ダムが33.5万キロワットだから南相木ダム神流川発電所は、水力発電所としては3万キロワット程度がせいぜいである。

 

ところが
南相木ダム神流川発電所の出力は94万キロワット。
桁違いにおかしい大出力だ。

 

実際には、
中国支配の御巣鷹山地下原発(100万キロワット級×3機)がイセ岩付近の地下に存在し、スカイツリー(中国版バベルの塔)チップマインドコントロール用の大電力を御巣鷹から送電している。

 

中国支配の元凶となっているのが神流川発電所の御巣鷹地下原発(100万キロワット級×3機)である。

 

 

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日航ジャンボ123便 群馬県上野村には「統一教会お断り」の宿がある。内情をよく知るフリーメーソン所属

2012/02/12 03:24

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便核攻撃惨事は、ソ連台湾マルキスト+自衛隊及び中共中国公安部の暗躍であった。
天皇陛下に対して中国のみがおかしいことからも自明である。











 

元締めは、具体的には顔も名前もロシアステップ平原の部族↓

http://www.youtube.com/watch?v=HHrriKgJoCQ

(一二三神示では「オロシヤの悪」と表現されている部類の方々)

そもそもが、ユダヤイスラエルを、ロシアステップ平原のマルキストが支配していることが根本的問題。(例えば、イスラエルが叩くべきマルキストイランとの戦争をしないという。イスラエルのロシアステップ平原マルキスト遊牧民化が露呈している。http://www.j-cia.com/article.php?a=7778

イスラエルは、突然米国内のユダヤ右派ロビー団体を批判し始めました。もしかしたら、イスラエルは米国と段階的に手を切るかもしれません。」)
 

この、ロシアステップ平原のマルキスト遊牧民が人間牧場を影で操っている。遊牧民族なので、人間牧場支配をしようとする。

対抗しているのは、ユダヤ米軍のみである。

 

現代版ポグロムは白人黒人関係なくユダヤ民族が襲撃されるのが特徴。

統一教会(統一ロシア配下マルキスト)が皇国日本ユダヤアメリカに対するアパルトヘイト弾圧を行なっている。http://www.youtube.com/watch?v=2JJJpRx3UmQ&feature=related

 http://www.youtube.com/watch?v=n0gh9wvQjmU 2011年の「311」以降では「中華ナチス」によるファシスト台頭というかたちで目に見えるうねりとなってきている。核汚染ガレキを各地で焼却して、二次汚染により皇国日本ユダヤ米国を、核攻撃する政策を日本に行なわせているのは、中台露ポグロム勢力。(中国公安部 中国のエリア51)

 

 

日本には中国公安部が徘徊暗躍しており「公安のゼロ」と呼ばれる。日米欧派を弾圧するマルキスト部隊である。
しかし、
この中国公安部「公安のゼロ」を取り締まる権限が日本の警察公安には無い。(

日中記者交換協定同様のカラクリ)

 

現場の警察官の間でも
「公安のマル」
との呼び名で、取り締まれない連中として問題視されている。

 

例えば
米軍関係者の不祥事等はことの他盛大に報道等されるが、
中国公安部が何をしようと、日米には取締りの権限すら無い。

JAL123便核攻撃惨事が隠蔽され続けているのも、中国公安部マルキスト部隊が中心的に関与していたからである。

 

JAL123便核攻撃惨事の際、全面的に天皇陛下側を支援、多大な犠牲も払った米国に対する温和な陛下と、

天皇と共に事態を画策した中国界隈に対する陛下の「ご不愉快なお表情」 

http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb612.html
 

 

米国「サクラメント」にてJAL123便関連記事。ロシア正教会における機密(サクラメント)を意味し、ソ連軍機の関与(自衛隊+ソ連)が示されている。

 

 

2012年5月16日に「赤報隊」から朝日新聞に脅しがあった

http://sitesearch.asahi.com/.cgi/sitesearch/sitesearch.pl

が、↓のような正しい報道をするとロシアステップ平原のマルキスト遊牧民から圧力がかかるのだ。

 

 

↓「JAL」が「AL」に。しかも、プロペラ機のブレードでプレスされた痕跡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近の水が首都圏側に排出されている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/870.html

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近では岩が乗客型に彫刻された状態。 )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 群馬県上野村には「統一教会お断り」の宿がある。内情をよく知るフリーメーソン所属の石屋の経営者の方。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/849.html

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JA8119号機はジャンボSRの「3号機」ということも重要。フリーメーソンが「龍の連合」に敗退した )

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
群馬県上野村のフリーメーソン所属の方が経営する、とある旅館では「統一教会お断り」である。
現地事情に通じた石屋の経営者の方の宿であるが、JAL123便に関連して、「統一教会お断り」になったそうである。

 

<参考>日航ジャンボ123便 日米の、暦は、「赤口」→赤ロシア→ソ連 「先勝」→勝共連合台湾 ここでもソ連と台湾が出てきます。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/847.html
日航ジャンボ123便 「占いやオカルト」で分析して符合しているようなら、それは「占いやオカルト」を行動主体とする結社だ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/848.html

 

<以下参考>勝共連合は、統一教会、旧日本軍(自衛隊114)  アメリカから寝返った勝共連合


世界勝共連合:犯罪の国際主義
テロリズム「世界勝共連合:犯罪の国際主義」パリ(フランス)2005年1月20日
http://www.reseauvoltaire.net/article13873.html

蒋介石、文鮮明師およびナチや日本の戦犯たちによって台湾で発足した世界勝共連合(WACL)は、最初にニクソンによって東南アジアからラテンアメリカにかけての反乱に対抗する手段として使われた。7名の国家指導者がその会議に参加した。後になって、レーガンの時代に再び活力を得て、冷戦中に米国の軍産複合体とCIAの道具と化した。彼らは政治的な暗殺とあらゆる紛争地域での対ゲリラ勢力の形成に携わった。紛争地域にはアフガニスタンも含まれるが、ここではオサマ・ビン・ラディンによって代表されたのである。


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第2次世界大戦の終了に及んで、米国の諜報機関はナチ、ファシストそしてウスターシ【クロアチアのファシスト:訳者】を反共ネットワーク創出のために使った。これがステイ・ビハインドである[1]。将来のNATO諸国の中でリクルートされた諜報員たちが秘密にされなければならない以上は、逆に、ソビエトのコントロールの下に置かれた国々の諜報員たちはその活動が表ざたにならざるを得なかった。その結果、西側へ移動する東側出身の諜報員たちによる協調行動のために、1946年に一種の国際団体が作られた。これがAnti-Bolshevik Bloc of Nations(ABN)である。


ウクライナ、ハンガリー、ルーマニアクロアチア、ブルガリア、スロバキア、リトゥアニアなどのファシストたちはヤロスラフ・ステツコ(Yaroslav Stetsko)の指導の下に会議を開いた。ウクライナでの対占領軍事協力者の元リーダーだったステツコは1941年6月2日にルフォフ(Lvov)で犯された700名の虐殺――大半がユダヤ人だったが――の責任者だったと考えられている。


その8年後、朝鮮戦争休止時に米国はインドシナでフランスに取って代わった[2]。アイゼンハワー大統領は、USSRと中国に対抗するために動員される地域防衛システムを確立した。1954年9月8日にNATOをモデルにして、オーストラリア、ニュージーランド、パキスタンフィリピン、タイ、英国そして米国によってSEATOが作られ、12月2日には米国と台湾の間で相互防衛条約の締結が完了した[3]。


これに並行して、CIAがアレン・ダレス(Allen Dulles)の指揮の下で、これらの国々の諜報機関員を組織化させこの地域の反共主義政党間の接触をはかる一つの組織を確立させた。こうして蒋介石(Chiang Kai-shek)の元に建設されたのがAsian People’s Anti-Communist League, APACLである。


台湾の総統である蒋介石に加えて、APACLはそのメンバーとして、後に韓国大統領となる朴正■(Paek Chun-hee)、戦犯の一人で富豪となり日本の自由民主党の資金を支えた笹川良一、さらに統一教会の文鮮明(Sun Myung Moon )師[4]を数えた。またAPACLのメンバーにはプラファム・クラピチティール(Prapham Kulapichtir)将軍(タイ)、フェルディナンド・マルコス(Ferdinand Marcos)大統領(フィリピン)、ソパサイノ(Sopasaino)殿下(ラオス)[5]、ド・ダン・コン(Do Dang Cong)大佐(ベトナムのグエン・バン・チューNguyen Van Thieu大統領の代理)などが含まれている。


APACLは、後のCIA台湾支部[6]の責任者レイ・S.クライン(Ray S. Cline)の総合指揮の下にあり、雑誌The Asian Bulletinを発行、その編集は、後にHeritage財団[7]のアジア支部の責任者となるマイケル・ラサター(Michael Lasater)の負担になるものであった。


[WACLの創設]
1958年以来、ABNの総裁は台北でAPACLの年次総会に参加した。クラインとステツコは台湾のthe Political Warfare Cadres Academyを視察した。これは反共主義的鎮圧のために蒋介石政権の軍隊に訓練を行う教育機関である。


この学校は米国のthe Psychological Warfare Center of Fort Braggとパナマにあるthe School of Americas[8]のアジア版である。CIAは次第に、政治家グループと反乱鎮圧の指導者たちによる世界レベルの組織網を作っていった。1967年にABNとAPACLは合併し、世界勝共連合(World Anti-Communist League、WACL)が名乗りを上げた。そしてその活動を『自由世界』の連合へと広げていった。その新しいメンバーの中に、第2次大戦の間に作られたメキシコのファシスト組織で「王たるキリストの軍団(Legion de Cristo Rey)」とも呼ばれるロス・テコス(Los Tecos)がある。この連合は、73~75年のリチャード・ニクソンとその治安参謀ヘンリー・キッシンジャーがホワイトハウスを牛耳るときに、最初の最盛期を迎える。


その機能は統一教会を通して気前の良い保証を受けた。しかしこの事実は1975年まで公式に認知されていた。文鮮明師はその後この連合との関係が崩れたと主張するが、その日本人の代弁者である久保木修己の後ろで指導力を発揮し続けていたのだ。


フェニックス計画(1968~1971)とコンドル作戦(1976~1977)に適用されたWACLの役割には、東南アジアやラテンアメリカで共産主義のシンパであると疑いをかけられた何万人という人間の殺害が含まれている。それは今日に至るまで実態が明らかにされていない。


フェニックス計画はおそらくベトナムで、後にWACLの総裁となるジョン・K.シングローブ(John K. Singlaub)将軍のthe Joint Unconventionnal Warfare Task Forceによって適用されたはずである。しかしながらシングローブはこの計画との関連を常に否定し続けていた。


一方では、1971年~1978年にボリビアに独裁政治をひいたウゴ・バンセール(Hugo Banzer)は、WACLのラテンアメリカ部門を率いた。バンセールは1975年に野党である共産主義者たちを肉体的に抹殺する計画を立てた。このバンセール計画は、1977年にアスンシオンで、パラグアイの独裁者アルフレド・ストロエッスネル(Alfredo Stroessner)将軍の主宰で行われたラテンアメリカWACL会議の中で、続行すべきモデルとして紹介された。同様に、ラテンアメリカ各地で解放の神学を唱えるあらゆる僧侶と信者の抹殺を進めるための動議が、パラグアイ支部によって提案され1978年のWACL世界大会によって採用された[9]。


同時にまた、この期間に欧州に衝撃を与えた緊張の戦略(Strategy of Tension)の中で、WACLの役割は明確な科学とも見なされない【意味不明瞭。原文tampoco se conoce a ciencia cierta:前後の段落の内容から考えて「正確に知ることができない」というような意味か、フランス語からの翻訳の際に起こったミスではないか、と思われる:訳者】。”新秩序”の創始者でフランス人のフランソワーズ・ドゥプラッ(Francois Duprat)、MSIの創始者でイタリア人のジョルジョ・アルミランテ(Giorgio Almirante)、CEDADEの創始者でスペイン人のヘスス・パラシオ(Jesus Palacio)、”国々のサークル”の代表であるベルギー人のパウル・ヴァンケルホヴェン(Paul Vankerhoven)、そして同様の他の者たちがWACLの活動家となった。そして、イタリアでテロリストとして指名手配されたステファノ・デレ・チアイエ(Stefano delle Chiaie)[10]を非合法に連れ去り、ウゴ・バンセール政権のボリビアに送ったのはこの連合だった。そこで彼はすぐにクラウス・バルビー(Klaus Barbie)の補佐役に指名された。暗殺隊のトップとしてである。


またレバノンの戦争でWACLが果たした役割に触れる記録文書もほとんど無い。後に、1975年にこの紛争が勃発する1週間前に、元大統領のカミレ・シャモウン(Camille Chamoun)のキリスト教民兵の関連組織に傭兵を雇ったことが明らかになる。


1977年にホワイトハウスに入ったときに、ジミー・カーターは前任者たちの汚い行動を終わらせようと願った。そして海軍大将スタンフィールド・ターナー(Stanfield Turner)をCIA長官に指名し、ラテンアメリカの横暴な政府を抑えることに努めた。これはWACLにとって困難な時代だった。そのメンバーから出資を受けることをあきらめなければならなかったからだ。これはやがて反カーターの動きを作る。より都合の良い時代を準備し、当然のごとく米国最大の反カーター組織、the National Coalition for Peace Through Strengthとの関係を確立した。


この反対派の急先鋒はアメリカ保安委員会(American Security Council)に由来するものである。それはアイゼンハワー大統領が『軍産複合体』という用語と共に考案したものであった[11]。その共同責任者は、ジョージ・H.ブッシュとともにチームB[13]と呼ばれるパイプス委員会の中でソビエトの脅威を再登場させたダニエル・オグラハム(Daniel O’Graham )将軍[12]、およびジョン・K.シングロウブ将軍であった[14]。


この連合の数多くの責任者たちがロナルド・レーガンの選挙戦用の組織に絡んでいた。彼らの大部分にとってこのカリフォルニアの共和党の指導者とは無関係ではなかった。実際に第2次大戦終結時に、レーガンは自由十字軍(Crusade for Freedom)のスポークスマンとして、共産主義から逃れてきた東欧出身の移民たちを米国に定着させるための資金集めに参加していたのだ。それは実際にはABNメンバーであるナチ、ファシスト、ウスターシたちを移住させることであった。副大統領のジョージ・H.ブッシュも良い友人であった。彼はCIAの守護神としてコンドル作戦の長であったのだ。


[WACL黄金時代]
ロナルド・レーガンとジョージ・H.ブッシュがホワイトハウスに登場して以来、WACLはかつての活力を取り戻し発展を続けた。以前からの人脈はその成果を現してきた。米国の軍産複合体は、世界自由委員会(Council for World Freedom, USCWF)の名称の下にWACL米国支部創設の財源提供に努めた。ジョン・K.シングロウブ将軍がこれを指導しダニエル・オグラハム将軍が副委員長となった。しかし実際の狙いはそうではなかった。軍産複合体はWACLの権力を我が物にし世界の反共弾圧政策の中心的な道具に作り変えた。シングロウブはこうしてWACLの総裁になった。


[連合があらゆる前線で活躍]
アフガニスタンでのソビエト勢力と戦うために、アメリカ保安委員会[15]はWACLのそれに関する部門に資金を提供した。ヘリティジ基金に本部を置く自由アフガニスタン委員会(Committee for a Free Afghanistan)である。この作戦は、マーガレット・サッチャー、およびMI6の長ニコラス・ベセル(Nicholas Bethell)卿の米国公式訪問を期に開始し、J.ミルノール・ロバーツ(J. Milnor Roberts)将軍がその指揮を取った。


この委員会は直接に『自由のための闘い』への軍事的援助に参加した。それはCIA長官ウイリアム・ケイジー(William Casey )[16]の決定によって実現し、オサマ・ビン・ラディン[17]によって運営された。公開されるビン・ラディン・グループのサウジ拠点での協力者であるアーメド・サラー・ジャムジョオン(Ahmed Salah Jamjoon)長老および一人の南イエメンの元首相が、WACLとこのサウジアラビア資本家の子弟とのつながりを作り上げたのだ。[18]


フィリピンでは、WACLを代表したのがフェルディナンド・マルコスである。しかし1986年に彼が失脚すると、ジョン・K.シングロウブとレイ・クラインは新しい相談者を作りに現地へ赴いた。彼らはそこで反ゲリラの議員組織を作り、フランク・カールッチ(Frank Carlucci )[20]、ジョージ・H.ブッシュ、およびビン・ラディン家の友人であるフィデル・ラモス(Fidel Ramos )将軍[19]に目星をつけた。


ニカラグアではサンディニスタ革命と戦うために、WACLは、コスタリカにあるジョン・ハル(John Hull)の所有地に後衛基地を置きアルゼンチン人の教官を配置した。連合は同時にホンジェラスで参謀長官のグスタボ・アルバレス・マルティネス(Gustavo Alvarez Martinez)将軍によって提供された施設を利用した。この将軍は人権主義的な装いで隠蔽した国際難民救済団(Refugee Relief International)を利用しながら傭兵を雇っていた。


グアテマラでは国民自由運動のリーダーマリオ・サンドバル・アラルコン(Mario Sandoval Alarcon)がWACLに参加した。サンドバルは1974~1978年の副大統領であり、大統領のロメオ・ルカス・ガルシア(Romeo Lucas Garcia)が操り人形でしかなかったのだが、この国の本物の主人であった。サンドバルは5年間に1万3千人以上を殺した暗殺団を組織した。


エルサルバドルではWACLは、台湾の軍事学校で教育を受けグアテマラからの援助に支えられたロベルト・ダウブイッソン(Roberto d’Aubuisson)を支援した。ダウブイッソンは後に、この地域のCIAにあたるANSESALの総裁、および極右準軍事組織である国家共和主義党(ARENA)のリーダーとなった。同時に暗殺団を組織してオスカル・ロメロ(Oscar Romero)大司教を殺害した。


しかしWACLの成功はその転落をも促した。1983年に国防副長官のフレッド・C.イクレー(Fred C. Ikle )[21]はペンタゴンの中に8名の専門家からなる一つの秘密委員会を作った。自由防衛のための委員会である。その委員長はジョン・K.シングロウブ将軍であった[22]。この委員会が、ニカラグア、アンゴラ、エルサルバドル、ベトナムの拡張を吹聴するモデルとして、アフガニスタンへの隠密の侵略を作り上げた、と言われている。しかし彼らの行動の詳細に関する証拠文書書類は十分ではない。


1984年にロナルド・レーガンは、イランゲートヘの私的な出資の責任を、この連盟とジョン・シングロウブの個々の手に預けた。この事件は国家防衛委員会のオリバー・ノース(Oliver North)大佐の直接の指揮の下で行われたものであった。1987年、このスキャンダルの暴露がWACLのすべてをなぎ倒し解体させたのであった。


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【注釈】
[1] ”Stay behind :Las redes estadounidenses de desestabilizacion y de injerencia” (Thierry Meyssan,Voltaire, 20/06/2001:スペイン語)を参照
http://www.redvoltaire.net/article5.html

[2] フランス軍は1954年5月7日のデン・ビエン・フーの戦闘で敗れた。

[3] その一方で1955年1月29日に議会はアイゼンハワー大統領に対して、共産主義者による攻撃が起こる場合には台湾を防衛する戦争に突入する承認を与えた。

[4] ”Reverend Moon : le retour”(Voltaire, 26/03/2001:フランス語)を参照。
http://www.reseauvoltaire.net/article7830.html

[5] ソパサイノ殿下はラオス議会副議長であったが、1971年4月23日にオルリ空港でフランス当局に逮捕された。荷物の中に60kgのヘロインを隠し持っていた。

[6] Ray S. Clineは朝鮮戦争の最も過激な見解を聞かせたアナリストであった。1958~1962年にCIA台北支局の責任者。彼の表の姿はthe US Naval Auxiliary Communications Centerの責任者だった。後にコチノス(Cochinos)湾の失敗で引き起こされた人事異動のおかげでCIA副長官になった。著書に Secrets, Spies and Scholars(Edotirial Acropolis Books, 1976)がある。

[7] Michael LaseterはElizabeth ClaireのChurch Universal and Triumphant(CUT)の第一責任者であった。70年代の半ば、この教団はカリフォルニアの本部に軍隊用の武器が発見されるスキャンダルに見舞われた。責任者の一人は80年代にアフガニスタンのWACLの代表幹部に指名された。

[8] The School of Americasはその後米国のFort Benningに移転した。我々のネット資料ページには1947~1996年のこの学校の学生の完全なガイドがある。(フランス語)
http://www.reseauvoltaire.net/rubrique366.html

[9] この作戦はアルフォンソ・ロペス-トゥルヒーヨ(Alfonso Lopez-Trujillo)神父の協力で行われたように思える。彼は後にラテンアメリカ教会会議(CELAM)の理事長となった。【この神父はオプス・デイと深い関係を持つ:訳者】

http://www.redvoltaire.net/article3393.html
http://www.reseauvoltaire.net/article13765.html

カテゴリ: コラむ    フォルダ: 指定なし

ソ連キリル文字で До  свидания(さようなら) と書いた残骸がJAL123便報道写真中に。

2012/01/04 13:59

 

 

 

 

 [12]Daniel O’Graham中将は他の諜報局員との連携を担当するCIAの副長官(1973~74)だった。後にDIA長官(74~76)になる。アメリカ保安委員会の執行部長で、『スター・ウォーズ』計画の最大の擁護者の一人だった。High Frontierを設立し、1995年の彼の死までそれを主催した。

 [13] 1975年に極右団体がCIAを共産主義者の潜入者によって侵されており赤の脅威を減少させていると非難した。フォード大統領はそこでジョージ・H.ブッシュCIA長官に指名しチェック体制を任せた。リチャード・パイプス(Richard Pipes)は、軍拡路線の再建を正当化する警告の通知を発行する『チームB』を作った。今日では、パイプス委員会が軍産複合体に市場を開くためにデータを故意に改ざんしたことが知られている。このテーマについては”Los manipuladores de Washington”(Thierry Meyssan、Voltaire, 11/01/2005:スペイン語)および”Daniel Pipes, expert de la haine”(Voltaire, 05/05/2004:フランス語)を参照。

[14] John K. Singlaubは第2次大戦中はOSSの局員であった。日本に対して蒋介石の国民党ゲリラを作った。朝鮮戦争の間はCIA支局の責任者であり、後にベトナム戦争の間には、グリーン・ベレーを率いた。その後Fort Benningで対ゲリラ戦を指導。退職後はアメリカ保安委員会の訓練責任者となった。やがてWACLの総裁となる。

[15] 1984年から民主主義国家基金がこの委員会に資金を送った。これは後に、アフガニスタンでの彼らの政治目的に都合の良い人道的組織が受け取る資金の一部へと引き継がれていく。特にベルナール・コウチネル(Bernard Kouchner)の国境無き医師団である。

[16] 米国アフガニスタンを意図的に不安定にした。しかしモスクワの軍事的な反応の大きさは予想しなかった。ワシントンはそこでこの戦争に加わらせるために同盟国を動かした。それはアフガニスタンの『自由』という目的ではなく、ソ連がアラビア海までの道を所有することを防ぐためである。

[17] 1983年にWACLはオサマ・ビン・ラディンの顔をシャツに印刷し次のような説明を添えた。『アフガニスタンの自由の戦士を支援せよ。彼はあなたのために戦う。』

[18]  オサマ・ビン・ラディンはしたがってイスラム信者として紹介されたのではなく、対ソビエト戦に米国と共に参加するために、サウジアラビアの諜報機関の長官であるトゥルキ(Turki)王子によって選ばれた反共商売の人物として、であった。ビン・ラディンは当初は『自由の戦士』を必要とする諸機関の設立に専念し、その後それに合流する外国人のムジャヒデシンたちの補給を担当した。オサマ・ビン・ラディンは彼らの上でその権威を確立するためにその後にイスラム教徒に変身しただけである。

[19] Fidel Ramos将軍は1992年に大統領に選ばれた。1998年、彼の統治の後にカーライルグループに入った。”Le Carlyle Group, une affaire d'inities”(Voltaire, 09/02/ 2004:フランス語)を参照。
http://www.reseauvoltaire.net/article12418.html

[20] ”L’honorable Frank Carlucci”(Thierry Meyssan, Voltaire、11/02/2004:フランス語)を参照【Url不明:訳者】

[21]  Fred C. IkleはペンタゴンでCaspar Weinbergerのナンバー2であった。この冷戦の歴史に残る戦士は実際にはthe Center for Security Policy (CSP)、the Project for a New American Century (PNAC)のメンバーであり、Smith Richardson Foundationの管理者であった。

[22] この委員会には Harry AderholtとEdward Lansdale両将軍がおり、大佐のJohn Waghelstein、Seale Doss、 Edward Luttwak、少佐のF. Andy Messing Jr、Sam Sarkessianがいた。

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【引用元】阿修羅掲示板「 世界勝共連合:犯罪の国際主義(レッ・ボルテール:全訳)」より

http://www.asyura2.com/0502/war67/msg/837.html

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 車窓写真「8枚目」は、伊豆下田ペリー艦隊来航記念碑の真上付近を超低空飛行。乗客小川様が右側を撮影。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/933.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 01 日 21:56:19: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便  投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 24 日 03:34:27)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
乗客小川様が機内右側車窓を撮影された写真
「8枚目」

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7697.jpg
には、伊豆下田のペリー来航記念碑の真上付近を超低空飛行で飛行した状況が写っている。

伊豆下田ペリー来航記念碑真上より、道の駅開国下田みなと(現在の新施設名称)方面が写っている状況である。

 

 

 

 

 

 

 プーチンの青あざの件を忘れていましたが、
ロシア+自衛隊」
に反対したため、日本の裏政府八咫烏に暴行されたようです。

 

ロシア+自衛隊 による日本攻撃は、1985年8月12日の日航ジャンボ123便で見られた構造です。

 

1)2010年10月28日のプーチンの青アザ
柔道有段者でタフガイのイメージのプーチンですが青アザを作るとはいったいどんなバトルがあったのでしょうか? 実は、その前日にはプーチンは八咫烏と会っていたといい、その話の内容は、ロシアオウム真理教(アレフ)を武装化させた上で日本に導く計画に反対した為に殴られたというが、、、(滝汗)。武装したオウム真理教は自衛隊と一緒にクーデターに合同で参加し、その後は政権から排除の憂き目となる。クーデターにより日本は軍事独裁政権を確立して第三次世界対戦に参入を目指すのだというが、、、日月神示の「北から来るぞ! 北に気を付けろ!」というのがこの内容なのか? いやこの言葉から妄想した内容に過ぎないと見ているのだが、、、、

■整形?パンチ?プーチン首相の青あざに憶測飛び交う
http://www.afpbb.com/article/politics/2770545/6382818

 

 

  

 

 

日航ジャンボ123便 JAL123垂直尾翼欠損状況と、ソ連軍機Tu-95ベアブレードがぴたりと一致している。えぐった状況
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/830.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 08 日 19:51:50: aijn0aOFbw4jc

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根はノアの方舟をひっくり返した地形である。古代燃料の「燃える砂」が山体にあって然りである
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/932.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 06 日 21:24:05: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 分子結合が緩やかになり、空間の静電場の形に、形作られている。 低温でである。 投稿者 愉快通快 日時 2010 年 10 月 06 日 23:51:07)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
googleアースで見たりすると、御巣鷹の尾根というのはノアの方舟が転覆したような地形だなあ、という所感が持たれるのである。

御巣鷹の尾根 昇魂の碑 奥のX岩手前に当時から謎の木がある。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7239.jpg
不思議な表面となっている。

古代遺跡等を調べてみたところ、考古学者 ロン・ワイアット氏のHPより、
http://www.wyattmuseum.com/
http://www.youtube.com/watch?v=Ncp2Tjvj8EU&feature=player_embedded
古代燃料である、燃える砂が溶けた状態で木にへばりついていると観察される。

実際問題として、具体的には、電子レンジに入れてガスを燃やす形態で使う。
JAL123便の際は、自衛隊のデュートロン核(サムライサージ)により、古代燃料が燃える条件が整ったと分析できる。

御巣鷹の尾根周辺では、1985年8月12日夜間に、あちらこちらで地面が光っており、古代燃料が溶融したりしていたものと想定すると辻褄が合う。


<参考>日航ジャンボ123便 光っていた御巣鷹の岩「緑の灯の 御巣鷹の岩 幻想的」 お隣、川上村水晶洞博物館で緑に光る石が展示中
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/718.html
日航ジャンボ123便 光で攻撃されると蛍光を発する宇宙由来の生命体細胞がインドの赤い雨から検出された。御巣鷹の尾根も隕石

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/910.html
日航ジャンボ123便 「炎上していた」とされる部分は光って映っただけ。実際の現場写真からも全く焦げてもいない。プラズマテ

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/591.html
日航ジャンボ123便 生存者落合由美氏「夕方の感じなのです。」 闇夜のスゲの沢が、それほど暑くもないのに光っていたのです

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/908.html
日航ジャンボ123便 三保の東海大学博物館に「緑色に光る石」が展示してありました。 御巣鷹で光っていたのと同じ色でした。

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/867.html
 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 1985年8月12日夜に光っていた秩父側のガク沢上部には、古代岩船燃料の燃える砂が多数存在する。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/934.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 07 日 13:25:21: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根はノアの方舟をひっくり返した地形である。古代燃料の「燃える砂」が山体にあって然りである 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 06 日 21:24:05)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
8月12日夜間には少し離れた秩父側のガク沢上付近も光っていた。

これは、古代岩船燃料の「燃える砂」の鉱脈が存在することを示している。
現在は、大規模な砂防ダム群となっている。
しかし、台湾客家民族に占拠されている状況である。


<参考>日航ジャンボ123便 埼玉県大滝村(現秩父市)で光っていた場所には、現在、異常とも言える門数の大規模な砂防ダム群が。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/911.html
日航ジャンボ123便 マルキスト台湾マルクス主義ソ連、が天皇日本ユダヤアメリカに攻めてきたのがJAL123便であります。

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/727.html  

 

 

 

 

 

 

「セタカガメ」が日航ジャンボ123便に関わる。

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、

「背高亀」の関わりが大きい。

 

御巣鷹の尾根スゲの沢の、

アメリカ運輸安全委員会委員長ジムバーネット氏石碑「スゲの沢のささやき」付近には、「セタカガメ」に酷似する焼失地点が1985年8月13日の早い時間の各報道写真に記録されている。

 

要は、背高亀をめぐる攻防があったということになる。

 

具体的には、セタカガメはスッポン料理等で不老不死の無病息災長寿薬として珍重される。

スッポン料理といえば、中国台湾である。

 

野蛮な中国台湾暴力団が、ソ連及び自衛隊と共に、JAL123便に攻め入った状況である。

 

<参考>アメリカ運輸安全委員会委員長ジムバーネット氏「こんなことを二度と起こさせまい」

日航ジャンボ123便 ジムバーネット氏「こんなことを二度と起こさせまい」(アメリカ側の責任者がこのように述べています。)
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/176.html

 

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、

JAL123便が攻撃された直後のCVRの背景に、
モールス信号が読み取れる。
これは、
「F7H」である。
意味は、フリーメーソンが攻撃され危機に陥ったので結集結束を呼びかける、ということだ。

フリーメーソン(日米韓及び天皇陛下)を攻撃してくる相手は、ソ連中国台湾自衛隊等の客家民族を中心とする「金」という結社である。


ところで
「F7H」は、「袋1、箱1」でも同義で表現される。
昨今の2012年1月10日の米軍横田基地(フリーメーソン側)の軍事演習「サムライサージ」では、
C-130輸送機各機から「袋1、箱1」を投下する内容であった。

 

これは、JAL123便当時と同様に、フリーメーソンが「金」の結社に攻撃されて危機に陥っているということを示している。
極めて憂慮すべき事態である。

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 皇太子殿下が、平成13年11月4日に、慰霊の園をご訪問。自衛隊114部隊に対する抗議に他ならない。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/798.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 01 日 09:03:16: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 マルキスト台湾マルクス主義ソ連、が天皇日本ユダヤアメリカに攻めてきたのがJAL123便であります。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 23 日 07:18:11)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
皇太子殿下が平成13年(2001年)11月4日に
JAL123便慰霊の園をご訪問されておられる。

「114」に訪問されておられるのは、もちろん、JAL123便の実行部隊の一つとなった
「自衛隊114部隊」に対する抗議に他ならない。

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7165.jpg


なお、前日の平成13年(2001年)11月3日には
「やまびこ荘」にご宿泊されておられる。
これは、JAL123便で実質救助に役立った長野県「やまびこ」ヘリを示唆する動きである。
JAL123便の救助に参加した上野村消防団員らに授与された記念メダルでは、生存者を背負っているのがアメリカ人であった。上野村の黒沢村長はソ連から5000万円の裏金をもらい、救助を遅らせた。皇太子様が「やまびこ荘」にご宿泊されたのは、こうした上野村の不明瞭な非人道的な活動に対し、疑問を呈されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ソ連キリル文字で До  свидания(さようなら) と書いた残骸が御巣鷹の尾根 報道写真にある。ソ連軍機。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/674.html

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の報道用写真 御巣鷹の尾根スゲノ沢の様子に、
ロシア語キリル文字で

「До свида」

と手書きで書かれた残骸が認められる。
これは、ソ連キリル文字で
До свидания(さようなら)
と書いている途中までである。ソ連軍機パイロットが書いたものと想定される。

よって、残骸等も鑑みるとソ連軍機がJAL123便と共に落ちている状況である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6654.jpg


<参考>
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にソ連軍機Tu-22残骸が見られる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6605.jpg  
日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22先端部残骸が見られる。 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月13日報道記録写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/659.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 御巣鷹に、ソ連キッチン核ミサイル残骸。ソ連軍機Tu-22に搭載。御巣鷹に核攻撃。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/692.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 10 日 16:19:15: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にロシア語ソ連キリル文字が見られる。ソ連軍機が一緒に落ちている状況。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 28 日 12:01:01)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
御巣鷹に、ソ連キッチン核ミサイル残骸が認められる。ソ連Tu-22にキッチン核ミサイルが搭載されていた状況である。


御巣鷹にある核ミサイル残骸は、
ソ連AS-4キッチン核ミサイル外板破片に酷似している。
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/9874.jpg
1985年3月11日に就任したソ連ゴルバチョフ書記長が311機製造されたTu-22にて自衛隊と共に御巣鷹へ核攻撃を行なったのがJAL123便である。


<参考>ソ連キッチン核ミサイル
http://www.fas.org/blog/ssp/2011/05/russia2011.php

<参考>
日航ジャンボ123便 核物質が挟んであって自己発熱する核ミサイルの破片。このような民間機に対する地獄を繰り返してはならな

http://www.asyura2.com/09/lunchbreak29/msg/226.html
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/9874.jpg  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 伊豆でJAL123便至近距離を飛んでいたのはソ連軍機。
ソ連軍機の後ろ姿はエンジン部分がオレンジ色に見える。

乗客小川様が撮影した写真に写っている飛行体はソ連軍機であった。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/702.html

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
JAL123便搭乗の乗客小川様が右側車窓を撮影した5枚目の写真に飛行物体が写っている。

これは、朝日新聞やTBSテレビ等でも報道され、近年のネガフィルムからの分析によれば、中央部がオレンジ色に見える飛行体だったということがわかってきている。

 

では、飛行体がいったい何であったかということであるが、
ソ連軍機
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6856.jpg
は、後方から見ると、エンジン部分がオレンジ色に見える。

よって、JAL123便の至近距離を飛行していた飛行体はソ連軍機であった。

 

 

<参考>日航ジャンボ123便 コックピット「機長、他機に接近」「ソ連エア」
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/639.html  

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報道写真に警視庁ヘリ残骸が認められる。1985年8月13日頃御巣鷹の尾根。警視庁ヘリを自衛隊が撃墜
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/921.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6972.jpg
1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根報道写真に警視庁ヘリ残骸が見られる。

これは、乗客の救助に来た警視庁中央即応集団のヘリを自衛隊が撃墜した状況を示している。
日本人の乗ったアメリカの飛行機が、日ソ共同で撃墜され、日ソ勢力により生存者虐殺及び救助部隊の撃沈が行われたことが如実にあらわれている。

 

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
JAL123便垂直尾翼欠損状況図によると、斜め横から、えぐれたようになっている。
ソ連軍機Tu-95ベアのブレードの形と比較すると、ぴたりと一致する。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7274.jpg

 

<参考>日航ジャンボ123便 世界権力中枢は、JAL123便の解明を推進しているのです。目的は、凶悪な種族(ソ連)、地底宇宙人(台湾中国)の大掃除
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/691.html  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[10] ”1980: masacre en Bolonia, 85 muertos”(Voltaire, 14/03/2004:スペイン語)を参照。
http://www.redvoltaire.net/article694.html

[11] The National Coalition for Peace Through Strengthは議会のメンバー258名を集めるに至った

カテゴリ: コラむ    フォルダ: 指定なし

御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。

2011/12/30 19:09

 

御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが落ちている様子が記録されている。

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にソ連軍機Tu-22残骸が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/655.html

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にソ連軍機Tu-22残骸が見られる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6605.jpg  

 

 

日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22先端部残骸が見られる。 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月13日報道記録写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/659.html
) 070903 peter start 070903 peter end

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢写真中に、ソ連軍機Tu-22先端部と酷似した残骸が記録されている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6622.jpg  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 そもそもが「御巣鷹の尾根」自体が古代岩船がひっくり返った状態の現物である。古代燃料の「燃える砂」も
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/829.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 08 日 10:38:09: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 1985年8月12日夜間に秩父で光っていた場所は、古代岩船型の地形である。古代岩船燃料「燃える砂」 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 08 日 10:28:17)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日に、日航ジャンボ123便が来た御巣鷹の尾根であるが、
そもそもが「御巣鷹の尾根」自体が古代岩船がひっくり返った状態の現物である。古代燃料の「燃える砂」もあって当然である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7238.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7259.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1807.jpg

 

<参考>日航ジャンボ123便 1985年8月12日夜間に秩父で光っていた場所は、古代岩船型の地形である。古代岩船燃料「燃える砂」
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/828.html
日航ジャンボ123便 マルキスト台湾マルクス主義ソ連、が天皇日本ユダヤアメリカに攻めてきたのがJAL123便であります。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/727.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7002.jpg
日航ジャンボ123便 1985年8月12日夜に光っていた秩父側のガク沢上部には、古代岩船燃料の燃える砂が多数存在する。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/934.html
日航ジャンボ123便 埼玉県大滝村(現秩父市)で光っていた場所には、現在、異常とも言える門数の大規模な砂防ダム群が。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/911.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根はノアの方舟をひっくり返した地形である。古代燃料の「燃える砂」が山体にあって然りである
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/932.html
日航ジャンボ123便 光っていた御巣鷹の岩「緑の灯の 御巣鷹の岩 幻想的」 お隣、川上村水晶洞博物館で緑に光る石が展示中
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/718.html
日航ジャンボ123便 光で攻撃されると蛍光を発する宇宙由来の生命体細胞がインドの赤い雨から検出された。御巣鷹の尾根も隕石
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/910.html
日航ジャンボ123便 「炎上していた」とされる部分は光って映っただけ。実際の現場写真からも全く焦げてもいない。プラズマテ
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/591.html
日航ジャンボ123便 生存者落合由美氏「夕方の感じなのです。」 闇夜のスゲの沢が、それほど暑くもないのに光っていたのです
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/908.html
日航ジャンボ123便 三保の東海大学博物館に「緑色に光る石」が展示してありました。 御巣鷹で光っていたのと同じ色でした。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/867.html
123便メモ
http://gray.ap.teacup.com/123ja8119/  
 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 沼津でも日航機破片? 60年末、海岸で見つかる 1986.01.12 東京朝刊 23頁 1社 (全
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/885.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 17 日 18:39:06: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便が自衛隊の核ミサイルを後部に受けたのは駿河湾の沼津市「らららサンビーチ」付近である。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 15 日 08:22:43)

070903 peter start 070903 peter end

 

沼津でも日航機破片? 60年末、海岸で見つかる
1986.01.12 東京朝刊 23頁 1社 (全388字) 
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7426.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7427.jpg

 11日午後7時ごろ、静岡県沼津市西浦江梨のダイビングハウス経営吉原康明さん(32)から、近くの海岸で、昨年8月12日に群馬県上野村で墜落した日航ジャンボ機のものとみられる金属片が打ち上げられているのを見つけた、と沼津署西浦駐在所に届けがあった。

 調べによると、この金属片は縦1メートル、横40センチ、厚さ7センチほどで、端がちぎれたようになり、白い塗色で内側はオレンジ色だった。小さなリベットが打たれ、表面に「16」か「91」とも読める数字が書かれていた。昨年12月28日ごろ、ハウスのアルバイトの大学生が見つけ、吉原さんが保管していたが、10日に伊豆半島山中で日航ジャンボ機の垂直尾翼の一部が見つかったニュースを聞いて届けたという。

 同署は日航ジャンボ機のコースからややはずれているものの、その尾翼の一部である可能性もあるとみて、群馬県警の捜査本部に連絡、調べることにしている。


朝日新聞社

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7428.jpg  

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 伊豆「らららサンビーチ」の建物デザインは、JAL123便車窓「6枚目」に写っているプロペラの構図。

伊豆らららサンビーチは平浜海水浴場の砂を全て入れ替えて「らららサンビーチ」としてリニューアルオープンしている。核ミサイルの現場の一つか。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/850.html

(回答先: 日航ジャンボ123便 乗客小川様が機内から右側の車窓を撮影した写真の「6枚目」ですが、右上にプロペラ羽根が写っています。 投)

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
乗客の小川様がJAL123便機内右側からの車窓を撮影した「6枚目」には、
車窓右上に、プロペラが写っている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7286.jpg


この、4分の1程度の円形を加味して建設されているのが、
伊豆「らららサンビーチ」である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7332.jpg

 

 

<参考>日航ジャンボ123便 乗客小川様が機内から右側の車窓を撮影した写真の「6枚目」ですが、右上にプロペラ羽根が写っています。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/842.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7286.jpg
日航ジャンボ123便 「ソ連が攻めてきた時には下田」。 JAL123便の教訓から「豊かな時代」を取り戻さねばなりません。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/843.html  

 

 http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/868.html

伊豆「らららサンビーチ」付近
から見た「亀島」と、

JAL123便の残骸の形が
極めて相似で一致する。

これは、伊豆「らららサンビーチ」付近で自衛隊の核ミサイルがJAL123便に対し行使されたことを示す状況である。(基本的にJAL123便事件はソ連と自衛隊の合作である。)

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7370.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7364.jpg
JAL123便が核ミサイルを後部に受けたのは駿河湾の沼津市らららサンビーチ付近である。

相模湾でソ連軍機Tu-95ベアにより尾翼を損傷し、駿河湾で再度攻撃を受けたということになる。
・新聞記事の縮刷版で確認できますが、翌年1986年に駿河湾でオレンジ色残骸が上がり、記事になっていました。

・JAL123便CVRでは、18:30頃からコックピットの会話が、もうろうとした状態になっている。18:30頃に、らららサンビーチ付近で核ミサイルに遭遇していると見られる。

・JAL123便乗客複数名の遺書が、いずれも、みみずの這ったような、文字で書かれている。これは、核による意識障害が出ている状況である。

・JAL123便CVRでは、18:30分28秒に、火災警報音が一度鳴り、すぐに止まっている。18:30頃に、らららサンビーチ付近で核ミサイルに遭遇していると見られる。

・当方聞き込み取材で松崎周辺にいたタクシー運転手から18:30前後にどこどこが光った(夕暮れ前に光ったのだから尋常ではない)旨の証言をいただいている。この地域では、かなり多くの人がそれを目撃しているそうである。

・現場の平沢海水浴場は、その後、砂を全て入れ替え、「らららサンビーチ」としてリニューアルオープンしている。外地の砂を多量に持ってきて入れ替えということは、ローカルな浜では特異。

・JAL123便の捜査に入ったアメリカ運輸安全委員会のジムバーネット氏「こんなことを二度と起こさせまい」(アメリカ側の責任者がこのように述べています。)
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7173.jpg

・「らららサンビーチ」の、名前の由来は、もちろんアメリカ民謡の「森のくまさん」である。くまさんと言えば、ソ連軍機Tu-95ベアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 茅ヶ崎沖でJAL123便近傍がオレンジ色に光った際、近くを自衛隊岐阜航空実験団電子戦機C-1が飛行
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/911.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 24 日 19:04:42: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 総括 日本に必要なのはアメリカ主導による国家再構築である。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 26 日 18:40:35)

070903 peter start 070903 peter end

 

日航ジャンボ123便の1985年8月12日に、江ノ島海岸で、夕方、海から揚がるように指示が出ていた件ですが、やはり、ご指摘の通り、茅ヶ崎~江ノ島付近で、
JAL123便が、電磁パルス兵器を受けています。
これは、ピカですので、ピカっとは光りますが、光よりも電磁気を放出しますので、
注視していなければわからない程度です。

まず、
運輸省航空事故調査委員会報告書の156ページ
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-05.pdf
付図―20「相模湾等の浮遊残骸揚収場所図」
ですが、
江ノ島や三崎港の方に残骸が来ています。
それで、昨年夏に、三崎の突端の城ヶ島へ、2日連続で取材に行ったのです。
なかなか当時の証言が取れず、困り果てていたところ、
城ヶ島~三崎までの観光遊覧渡し舟(天ぷら油の廃油で運行)というのがありまして、城ヶ島側から往復扱いで乗せてもらったのです。
その際、60歳前後の船長さんに話を伺ったところ、
「十国(じゅっこく)峠の方が光った」ということなのです。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7576.jpg

伊豆十国峠は、静岡県道20号線沿いにあり、数年前に、東名高速道路のから国道1号までのアクセス道路ができたので、
現在、下田方面に行く際は、東名高速~国道1号~静岡県道20号~十国峠~伊豆スカイライン~伊豆高原~ のルートの方が1時間以上短縮できますので必ず通る地点です。
城ヶ島から十国峠は、思いのほか、近くに見えます。

地図にすると以下のような状況です。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7576.jpg
城ヶ島から伊豆半島十国峠へのラインと、茅ヶ崎海岸から相模湾に閃光が見えた方面とが交差する、
推定地点は
ちょうど、付図20丸4、の、「APU空気取り入れダクト」の場所になります。


また、この18:20頃には、近くを、
自衛隊岐阜航空実験団の電子戦機のC-1が飛んでいたわけです。

 

DFDR(デジタルフライトレコーダー)の
LOC(ロケーション)は、
予定航路より右か左かを、電波で測定してプロットした値です。

このLOCには
LOC1

LOC2
があります。

運輸省航空事故調査委員会報告書305~306ページのDFDRですが、
18:09分~18:15分10秒までは、LOC1とLOC2が、ほぼ一致しており、問題ありませんが、
しかし、
18:15分10秒過ぎに、LOC2が、
18:15分20秒過ぎに、LOC1が、
それぞれ、おかしくなっています。


よく言われる「離陸3分後の異常」という状況と見られますが、
これは、電波的に、何か、よほどの妨害が発生したことを示しています。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7577.jpg

その後、18:19分前後に、
突然、
LOC1、LOC2が逆に振り切れているという、致命的な状況に陥っています。
これが
付図20の丸4、「APU空気取り入れダクト」の場所になると想定されます。
再び、
電波的に、何かよほどの妨害が発生したということになります。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7577.jpg

 

 

 

 

 

 

311」では御巣鷹の教訓を活かすべきである。

現在の「311」の核汚染は、JAL123便の時、御巣鷹を自衛隊がやたらと核汚染した状況と同様か、むしろ経度でありますから、
御巣鷹の時と同じような米国の対処をすれば特に問題無いです。
1985年から四半世紀経っていますが、現に、関東甲信越でもそれほど死者は出ていません。
しかし、
今回は、「中華式猪瀬ントワールド」が立ちふさがり、
http://foomii.com/00018/201203210700008951
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken
米国の主張が全く取り入れられておらずJAL123便の時のような対処が行われていないことが最大の問題です。

 

 

忠告させていただきたいのは、
宇宙人は、軍力は強いですが、日本人に対してなにかしてくれるということはありません。なぜなら、背景が中国のエリア51による侵略だからです。

米国のみしか皇国日本を助けなかったJAL123便の教訓が全く日本の世論で評価されていません。

宇宙人はすごいから米軍はいらない」が、最も日本にとって危険な論調です。

 

 

 

 

『「中華式」猪瀬ントワールド』
「検察」という組織自体が、金丸信議員の金塊の頃まではアメリカ主導であったのが、それ以降、『中華式「猪瀬ントワールド」』に握られているということである。手口もいかにも中国国内と酷似している。

http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/0d45d19072735eb63b6a340a81fb56b0
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/37b96187ad792aff7b1e0dc52ede5f0a?st=0
等の記事からも、『「中華式」猪瀬ントワールド』で分析するべきである。

堀江モンが検察に弾圧されてから、すぐに、御巣鷹の尾根へ参拝した。
村上ファンドが検察に弾圧されてから、出資関係にあるオリックスが御巣鷹の尾根へ参拝し、オリックス宮内氏の献木が御巣鷹の尾根4B付近にある。
日米韓勢力は、検察から弾圧を受けると、すぐに「御巣鷹の尾根」に参拝している。

要は、
ミスチル(ロスチャイルドのところ)が江戸時代から日本に巣食う「猪瀬ントワールド」(ロシア台湾紀州徳川)について、問題提起している状況である。
中国がロスチャイルドから切られる
http://blog.kuruten.jp/itagakieiken/133188
のも当然の流れといえる。

ロックフェラーロスチャイルドが衰退する中、悪質な「猪瀬ントワールド」が日本国内に巣食っており一人勝ちしている。

 

 

注>江戸時代に御巣鷹は33の御巣鷹地域に区分され管理されていた。要は、ロシアフリーメーソンに占領されていた。ロシアから御巣鷹に直接向かうことはできないから、台湾、を介して、江戸時代に、甘楽地域~埼玉県北~埼玉県西部地域に大陸移民が大量に移住した。これが現在の首都制圧自衛隊(官製テロ集団)への流れである。現在の東京は、この中華式猪瀬ントワールドが主導権を握ってしまっている。JAL123便の教訓が活かされていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 JAL2012年3月30日羽田緊急着陸発生→JAL3月31日羽田尻持事故発生→4月4日米軍大型輸送機羽田着陸
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/1006.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 4 月 04 日 16:41:39: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 朝日新聞朝刊社説「自衛隊に潜む危うい体質」→330JAL緊急着陸発生→夜の読売新聞「背番号812」 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 31 日 10:21:00)

 

3月30日緊急着陸、3月31日尻持事故、の2日連続の重大案件については、中ロ派自衛隊が1985年8月12日のJAL123便同様に、皇国日本ユダヤ米国に仕掛けた戦いであった。

本家JALの予約ページでも、
JAL123便を思わせるレイアウトで、中ロ派自衛隊を牽制している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/8099.jpg

ついに、
4月4日には、羽田空港に、米軍大型輸送機C-5が緊急着陸し、米軍の健在ぶりを自衛隊に対しアピールしている。
http://www.asahi.com/national/update/0404/TKY201204040288.html
中ロ派自衛隊と、皇国日本ユダヤ米国の間で、激しい戦いが繰り広げられている。

日本人が平穏に暮らせるのは米軍あってのことである。

 

 

<以下参考>米軍機が羽田に乗り込んでいるのは極めて特異な動きです。
余程、東京や政権に「特殊な状況」が発生していることがお解りいただけるかと思います。
米軍の動きは支持すべきものです。

飛行機で、
ジャンボと、B-737では、
強風時や荒天時には、ジャンボの方が極めて安定して飛びます。
嵐の中の船同様です。小型船よりも大型船の方が、シケに強いです。

C-5輸送機も同じことで、
あくまでも、中ロ派自衛隊に見せるために、羽田に降りています。
「ロッキードC-5」
は、田中防衛相への中ロ派に気をつけろというメッセージでもございます。
(田中角栄は、育てた中国と官僚に裏切られて失脚。角栄記念館には、ホワイトハウスさながらの芝生となっている。「米国ヲダイジニシロ」が田中角栄の遺言とも言える。)


以下朝日新聞引用
http://www.asahi.com/national/update/0404/TKY201204040288.html
米軍機、羽田空港に急きょ着陸 強風の影響
関連トピックス
羽田空港

 全国を襲った強風の影響で、米軍の大型輸送機「C5」が予定の横田基地に着陸できず、4日午前0時半ごろ、羽田空港に急きょ目的地を変えて着陸した。

 国土交通省東京空港事務所によると、同機は米ハワイ州のヒッカム空軍基地から、横田に向かっていた。4日昼現在も羽田空港に駐機しており、離陸に向けて調整中という。同事務所は「米軍機が羽田に着陸するのは珍しい」と話している。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本には中国公安部が徘徊暗躍しており「公安のゼロ」と呼ばれる。日米欧派を弾圧するマルキスト部隊である。
しかし、
この中国公安部「公安のゼロ」を取り締まる権限が日本の警察公安には無い。(

日中記者交換協定同様のカラクリ)

 

現場の警察官の間でも
「公安のマル」
との呼び名で、取り締まれない連中として問題視されている。

 

例えば
米軍関係者の不祥事等はことの他盛大に報道等されるが、

中国公安部が何をしようと、日米には取締りの権限すら無い。

JAL123便核攻撃惨事が隠蔽され続けているのも、中国公安部マルキスト部隊が中心的に関与していたからである。

 

 

 

 

 

 ↑を書くと、すぐに、中国勢が家におしかけて来ている。(2012年5月14日15:00現在)

http://www.asahi-net.or.jp/~rz3t-ysn/MVI_1497.AVI

 

 

 

 

今、弾圧が行われている。

 こうした天安門事件さながらの弾圧は、中国支配に由来する。

 


 

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日航ジャンボ123便 U字溝はソ連軍機Tu-22盲が彫った地形であった。

2011/12/30 19:07

 

日航ジャンボ123便 U字溝はソ連軍機Tu-22が彫っていた。運輸省報告書とTu-22サイズが一致。ジャンボだと通らず。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/680.html

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、そもそもの問題点と致しまして、U字溝の空間のサイズに、B747ジャンボは通らないのであります。胴体だけとしてもかなり無理があります。よって、生存者の落合由美さんの証言でも衝撃は1回だった、とあるのですから、そもそもが、U字溝というものはJAL123便が彫った地形では無いと想定されます。

 

ところで、運輸省航空事故調査委員会のJA8119号機調査報告書155ページの付図19にありますU字溝の樹木の折損状況と、ソ連軍機Tu-22盲の断面が、一致するのであります。

 

従いまして、U字溝は、ソ連軍機Tu-22が刻んだ地形と解析されます。

 

 

 

<参考>
日航ジャンボ123便 ソ連キリル文字で До  свидания (さようなら) の途中まで書いた残骸が報道写真にある。ソ連軍機乗組員の遺書か。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/676.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6660.jpg
日航ジャンボ123便 1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中にソ連軍機Tu-22残骸が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/655.html
日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22先端部残骸が見られる。 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月13日報道記録写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/659.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html
日航ジャンボ123便 コックピット「機長、他機に接近」    運輸省JA8119号機報告書「異常外力」の原因は、ソ連エア
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/639.html
日航ジャンボ123便 乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真にTu-95ベアが写っている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/632.html
日航ジャンボ123便 CVR音声「ソ連エア」 運輸省報告書「異常外力」の原因はソ連エア二重反転プロペラから出る低周波音。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/638.html

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 御巣鷹に、核燃料と減速材。1985年8月13日頃 御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中。及び、現地写真。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/719.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 19 日 15:23:40: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 御巣鷹に、ソ連AS-4キッチン核ミサイル残骸。ソ連Tu-22に搭載。御巣鷹に核攻撃。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 10 日 16:19:15)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、

 

1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根スゲの沢報道写真中に円筒形の物体が写っている。
 

 

Tu-22盲の残骸の場所であることから、ソ連のキッチン核ミサイル不発弾と見られる。


また、この場所付近には、核燃料円筒形外周にフィットする減速材も観察される。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6961.jpg

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22盲の機体外板が見られる。1985年8月13日頃御巣鷹尾根スゲの沢報道写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/722.html

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根報道写真に、JAL123便JA8119号機後部圧力隔壁残骸と共に、
ソ連軍機Tu-22前部外板と酷似した機体残骸が見られる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6968.jpg

これは、日本人らの乗ったアメリカの飛行機JAL123便が、日ソ共同で撃墜された状況を示している。


<参考>日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢1985年8月写真中にソ連軍機の特徴であるサビサビねじの付いた残骸が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/660.html
日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根スゲの沢の写真にソ連軍機の椅子と酷似するシートが認められる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/648.html  
日航ジャンボ123便 ソ連Tu-22盲の鋼鉄製サビサビでムラの多い白色薄塗装残骸が。1985年8月13日頃御巣鷹尾根写真
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/720.html
 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 推定爆心地は、植物が生えない状況が発生している。JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/915.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 26 日 18:24:54: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近では岩が乗客型に彫刻された状態。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 03 日 21:33:07)

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
四半世紀経って、googleアースの航空写真パノラマ地図にも、現場の状況がはっきりと現れている。

 

JAL123便付近が光って、原爆のようなきのこ雲が昇ったことが、川上村側から目撃されているが、
その推定爆心地は、植物が生えない状況が発生している。

 

また、付近のキャンプ場では、キャンプをしていた人々が、キャンプ場のそばまで機体破片やバラバラ遺体が降ってきたことを証言しているが、パノラママップにおいても、当時、破片やバラバラ遺体が降った場所がわかる状況となってきている。

 

 

<参考>日航ジャンボ123便 長野県側(南相木ダム三川付近)飛行中のJAL123便にピカドンが発生し長野県南相木村にバラバラ遺体
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/641.html
原爆のようなキノコ雲が上がった
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7616.jpg

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 長野県側(南相木ダム三川付近)飛行中のJAL123便にピカドンが発生し長野県南相木村にバラバラ遺体
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/641.html
投稿者 愉快通快 日時 2010 年 8 月 20 日 13:15:13: aijn0aOFbw4jc

 

 

南相木ダム奥(蟻ヶ峠裏)付近には、自衛隊が殺到してきていた


長野県側(南相木ダム三川付近)飛行中のJAL123便にピカドン命中が発生し長野県南相木村にバラバラ遺体が散乱した、という方の記事ですが、
自衛隊が殺到してきたということのようです。
少ない記事情報ですが、転載させていただきます。

 

<以下引用>
http://www.melma.com/backnumber_171644_4936867/
25年前の今日、群馬県御巣鷹山(長野県側では別の名称)の尾根に521名の乗員乗客を乗せて
日航ジャンボ機が墜落しました。助かったのは島根県川上慶子さんただひとり。奇跡です。
「上を向いて歩こう」の坂本九さんはじめ多くの著名人も犠牲となりました。
エベレストを中国側ではチョモランマと呼ぶように長野側では御巣鷹山とは言いません。
長野側の至近距離のキャンプ地で我が家の家族6人が事件の8時間前までいたことは毎年書いてます。
隣家の家族は不幸にも現地に残っていて墜落を目撃、ショックで子供は高熱でしばらく寝込みました。
殺到する自衛隊車両の中を命からがら帰ってきました。
すぐ近くまで遺体の一部が散乱してたようです。
http://www.melma.com/backnumber_171644_4575481/  

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 山梨県広瀬ダムでは、流木を無料頒布しているが、表面だけ焦げた流木があるが、雷で焼けた状態では無い。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/918.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 11:28:49: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近では岩が乗客型に彫刻された状態。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 26 日 18:24:54)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
高天原山の長野側蟻ヶ峠の南相木側にて、JAL123便周辺がぱぱっと2回光り、
原爆のようなきのこ雲が2つ上がったのが長野県川上村から多数目撃されている。

 

ところで、
埼玉から雁坂有料トンネルを超えて山梨県に入ったところの広瀬ダムでは、
流木を無料頒布している。

 

しかし、
この流木は、
・表面が
・横から均一に一方向に
・薄く焦げた
状態の物が目に付くのである。


雷で焦げた状況とは異なる焦げ方となっている。

広瀬ダム上流部は、蟻ヶ峠から見通しで、それほど離れておらす、
1985年8月12日18:55~18:56頃発生したJAL123便近傍のピカドンにより焦げて、弱ってきた木が流木となって広瀬ダムに流れてきているものと観察される。


<参考>広瀬ダム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E7%80%AC%E3%83%80%E3%83%A0  

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 核ピカドンが発生した高天原山蟻ヶ峠を向いて大観音が立っている。U字溝の尾根群馬長野県境から南東側。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/921.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 18:15:43: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 一瞬にして焦げていると観察され苔むしていて安全姿勢をとった状態の塊。長野側でバラバラ遺体が降った所 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 12:53:38)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
長野県南相木村高天原山の蟻ヶ峠付近でJAL123便近傍にてピカドンが発生した。

現在、
ピカが発生した高天原山蟻ヶ峠を向いて大観音が立っている。

U字溝の尾根から高天原山に登る際、群馬長野県境から南東側に見える。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7642.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ピカドンが発生した長野側現場近くの中津川林道沿いの御巣鷹側斜面には、多数の慰霊碑が立ち並んでいる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/920.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 18:15:35: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 一瞬にして焦げていると観察され苔むしていて安全姿勢をとった状態の塊。長野側でバラバラ遺体が降った所 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 27 日 12:53:38)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
長野県南相木村高天原山の蟻ヶ峠付近でJAL123便近傍にてピカドンが発生した。

現在、
ピカが発生した高天原山蟻ヶ峠近くの中津川林道沿い三国峠近くの御巣鷹山側斜面には、
多数の慰霊墓碑のような物が立ち並んでいる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7643.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 スペースワープしていたJAL123便。「サムライサージ」により18:15~18:20長野北相木村へ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/913.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 25 日 07:46:36: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 2012年1月10日の米軍横田基地演習「サムライサージ」ではJAL123便当時と同じ「F7H」暗号 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 28 日 01:13:40)

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
国産電磁パルス核兵器「サムライサージ」がJAL123便に対し使用された。

時は科学万博開催中で、ジャパンアズナンバーワン、不沈空母、の真っ只中であり、日本の裏政府八咫烏と官僚組織は、アメリカを出し抜き一泡吹かせてやろうと画策が行われていた。

JAL123便は、18:12分に、羽田空港ランウエイ15から離陸した。
しかし、離陸3分後の、
18:15分に、LOCの値がぶっとんでいる。
再び
18:19前後にLOCの値がぶっ飛んでいる。

朝日新聞報道では、待ち構えていたかのように、以下のように報道された。JAL123便は長野県北相木村方面にスペースワープしていたのである。
『各地で多数の目撃者 現場の確認は難航 日航ジャンボ機墜落事故
1985.08.13 東京朝刊 23頁 1社 (全1,060字) 午後11時30分、長野県警への情報によると、「午後6時15分から20分の間に、ツルのマークが入った飛行機が御座山上空100-200メートルを群馬県上野村に向かって飛んでいる」のを、北相木村の南栗生、栗原孝雄さん(52)が目撃。


これは、
横須賀米軍の目の前で、JAL123便をワープさせ、アメリカに対し優位に立とうとする目的だけのために、ソ連と共同で発生させた、日本の裏政府八咫烏と日本の官僚機構による横暴であった、


http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7581.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報告書196ページ「写真40」でも、破損箇所と、ソ連Tu-95ベアのプロペラの形とが一致している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/924.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 13:46:23: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省航空安全委員会調査報告書JA8119号機JAL123便
196ページ 写真-40
でも、
JAL123便破損状況(形状)と、
ソ連軍機Tu-95ベア
のプロペラの形状とが一致している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7662.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 311後、日本の原発を全て止めるよう、日本に正しい命令を下していたアメリカロビーが首相官邸撤退か。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/912.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 25 日 07:29:11: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 米軍が被害を受けた時、日本の裏政府は、満を持して、自衛隊公安勢力を投入し、日本人の虐殺にとりかかる 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 23 日 13:26:37)

 

日本の原発を全て止めるよう、日本に正しい命令を下していたアメリカロビーが、
首相官邸を撤退するという。
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/fca980210f8f2f7d2ac670d75b7d7b70?st=0

311の際、米国は、JAL123便の反省(米軍と警視庁の救助は自衛隊に攻撃され御巣鷹に玉砕した。)をふまえ、首相官邸に乗り込み、日本の裏政府八咫烏の日本人虐殺の横暴を食い止めていたのである。

これは、JAL123便の時、
日本政府(日本の裏政府八咫烏)に米軍が救助を断られ、生存者の日本裏政府指示による虐殺を招いたことと同様の傾向で、
日本人の生命にとって、重大な局面を迎えている。

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 311のプルサーマル燃料粉末が飛来した状態でも、御巣鷹の時と同じく黄緑色Np4+の発光が見られる。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/917.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 26 日 21:14:42: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 自衛隊T-2(F-1 T-2支援戦闘機)の残骸が御巣鷹の尾根に散見される。 ブルーインパルス塗色。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 29 日 14:12:58)

070903 peter start 070903 peter end

 

先日のつむじ風様サイト記事で
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/images/2012/02/23/o0480085411803860571.jpg
の写真がございました。

この、黄緑色に光る輝点ですが、プルトニウム系を元とするネプツニウムNp4+の可能性も充分に検討しておかねばならない。
プルサーマル燃料のPuがNp4+に、というメカニズムです。

注意しなければならないのは、「ガイガカウンタの値」は、あくまでもガイガ管センサーの平均値だということです。
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/images/2012/02/23/o0480085411803860571.jpg
のように、1粉末程度だけ、超高線源がある場合、ガイガカウンタでは低い値しか出ず、「安全」と判断されてしまいます。
しかし、
実際には、この1粉末で充分にダメージを受けますから「超危険」な状況でです。
当方では、御巣鷹を歩いた教訓と致しまして、「ガイガカウンタは粉末の、超微粒子高線源汚染には役に立たない。」「むしろ、CCDカメラが汚染状況を正確に表現する。」
という教訓を得ています。


Np4+の先例と致しましては、1985年8月12日の日航ジャンボ123便の御巣鷹の尾根の、特に第4支流側(不発のプルトニウム水爆)に、この、「黄緑色」が発生していました。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1522.jpg
↑通常の「燃焼」と「光っている」状態の比較。  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真に、ソ連軍機Tu-95ベアが写っている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/632.html
投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 20 日 09:02:22: aijn0aOFbw4jc

070903 peter start 070903 peter end

 

日航ジャンボ123便乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6497.jpg
に、ソ連軍機Tu-95ベアが写っている。


参考
飛行中の、ソ連軍機Tu-95ベアhttp://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6498.jpg

小川さん撮影の写真と、ソ連軍機Tu-95比較
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6500.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報告書193ページ「写真33」でも、破損箇所と、ソ連軍機Tu-95ベアのプロペラとが一致している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/926.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 14:22:29: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便でありますが、
運輸省航空安全委員会調査報告書JA8119号機JAL123便
193ページ 写真-33
におきましても、
JAL123便破損状況(切断された形状)と、
ソ連軍機Tu-95ベア
のプロペラの形状とが一致しております。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7664.jpg  

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 報告書196ページ「写真34」でも、破損箇所と、ソ連Tu-95ベアのプロペラ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/925.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 14:17:13: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省航空安全委員会調査報告書JA8119号機JAL123便
193ページ 写真-34
でも、
JAL123便破損状況(プレスされた形状)と、
ソ連軍機Tu-95ベア
のプロペラの形状とが一致している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7663.jpg

カテゴリ: コラむ    フォルダ: 指定なし

日航ジャンボ123便 「ソ連エア」 Tu-95ベアが領空侵犯偵察に来た理由は、F-19(F-117ハ

2011/12/25 00:35

 

日航ジャンボ123便 「ソ連エア」 Tu-95ベアが領空侵犯偵察に来た理由は、F-19(F-117ハブブルー)への妨害。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/643.html

JAL123便の垂直尾翼をソ連エアTu-95ベアが切断した件であるが、

1985年8月12日当日のCVR
http://www.geocities.jp/jal123_19850812/CVR/182641-58.mp3
中に、
----  -----  ----  ---    ----  -----  ----
というモールス信号が入っている。
これは
「F7FS F7H」
ということになる。

当時、伊豆下田近海でF-19(F-117ハブブルー)の飛行試験が行われていた。

「F7H」→F-117ハブブルー
と読み取れる。



「ソ連エア」Tu-95ベアが領空侵犯偵察に来た理由は、F-19(F-117ハブブルー)飛行試験への妨害のためである。

<参考>
F-19(F-117ハブブルー
http://ja.wikipedia.org/wiki/F-19

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 運輸省報告書「写真35」の、垂直尾翼切断破損面写真とソ連Tu-95ブレードの形がギザギザまで一致。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/862.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 14 日 10:41:53: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省報告書「写真35」の、垂直尾翼切断破損面写真とソ連Tu-95ブレードの形がギザギザまで一致している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7351.jpg  

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。TU-95羽根特徴のギザギザも。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/858.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 13 日 23:55:12: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
垂直尾翼の切断面がソ連軍機Tu-95ベアに一致する。

また、詳細に検討すると、Tu-95ベアの特徴である、
ブレード内側のギザギザ部までもが、一致する。

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 運輸省報告書「写真36」でも、垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/859.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 13 日 23:59:25: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

日航ジャンボ123便 運輸省報告書「写真36」でも、垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7348.jpg

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 自衛隊T-2(F-1 T-2支援戦闘機)の残骸が御巣鷹の尾根に散見される。 ブルーインパルス塗色。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/777.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 29 日 14:12:58: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 報道写真に自衛隊の機銃と弾入れ。JAL123便を撃墜及び生存者の虐殺に使用か。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 20 日 00:01:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
御巣鷹の尾根のJAL123便残骸と共に、自衛隊T-2(F-1 T-2支援戦闘機)の残骸が散見される。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7114.jpg

 

<参考>
ブルーインパルス塗色の残骸が散見される。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7111.jpg
http://www.youtube.com/user/123ja8119osutaka#p/a/u/1/-HQrrN1cUW4
http://www.youtube.com/user/123ja8119osutaka#p/u/14/-HQrrN1cUW4
http://www.youtube.com/user/123ja8119osutaka#p/u/22/uQqat7sQiPE  

 

 

 

日航ジャンボ123便 欧州系の軍機自衛隊T-2(F1T2支援戦闘機)がJAL123便を破壊しましたというイギリスの展示。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/905.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 22 日 19:48:29: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 自衛隊T-2(F-1 T-2支援戦闘機)の残骸が御巣鷹の尾根に散見される。 ブルーインパルス塗色。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 29 日 14:12:58)

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、JA8119号機であった。

圧力隔壁等の修理ミスだの強度不足だの金属疲労だのと疑われたため、
米ボーイング社では、兄弟機のJA8118号機を、疲労検査用として買い戻しを行なった。

 

米ボーイング社エバレット工場で輪切にされたJA8118号機であるが、
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7536.jpg
JA8118号機輪切り部分は、なんと、イギリスロンドンの「サイエンス・ミュージアム」に展示されている。(塗装は英国航空のものに変更されている。)


これは、自衛隊が、アメリカを裏切り、欧州系から導入を図ったF-1(T-2支援戦闘機)でJAL123便を破壊撃墜しました。という意味のモニュメントである。  

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ジャンボ機の強度は充分だというNASAシャトル輸送機N911NA。3点支持で80トンのシャトル輸送
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/906.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 23 日 07:19:13: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 CVR音声「ソ連エア」 運輸省報告書「異常外力」の原因はソ連エア二重反転プロペラから出る低周波音。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 21 日 21:54:59)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
ジャンボ機B-747SR JA8119号機(B-747SRジャンボ3号機)であった。

やれ修理ミスだの、強度不足だの、金属疲労だのと揶揄されたため、
・JA8118号機(B-747SRジャンボ2号機)は、米ボーイング社に買い戻され検証用に、
・JA8117号機(B-747SRジャンボ1号機)は、米NASAが購入し、シャトル輸送機に、
それぞれ転用された。


このJA8117号機が、NASAにてシャトル輸送機N911NAに転用されている状況であるが、
・内部はほとんど客席や内装材を外した状態。
・圧力隔壁も剥き出し状態。JA8117号機のまま。
という、補強をほとんど行なっていない。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7548.jpg
これは、
「ジャンボの強度には全く問題はありません。」
というアメリカ側の意思のあらわれである。

さらに、
・3点支持で80トンのシャトルを背負っている。
・水平尾翼に、補助翼まで取り付けている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7548.jpg
という状況であるからして、
「ある程度、荷重が一点に集中したからといって、ジャンボの強度に問題はありません。」
「尾翼の強度にも問題はありません。」
という、アメリカ側の主張が、色濃く主張されている。

500名以上の乗客を満席で乗せてもせいぜい40トン程度なのだから、
80トンのシャトルを3点支持で背負うことができる、というのは、いかにジャンボ機が優れた機体であるかを如実に示している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7548.jpg

 


<参考>日航ジャンボ123便 JA8118号機の顛末に見られる、「欧州系の軍機自衛隊T-2(F1T2支援戦闘機)がJAL123便を破壊しました」というイギリスの展示。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/905.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7536.jpg  

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 米軍が被害を受けた時、日本の裏政府は、満を持して、自衛隊公安勢力を投入し、日本人の虐殺にとりかかる
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/907.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 23 日 13:26:37: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 「空自定期71便(JFS71)」がJAL123のスコーク77中に、単純な同じ事を聞き返して無線妨害 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 09 日 23:52:21)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便をはじめとする案件について、
チタン製の「記念碑」が、アッツ島に1987年7月1日、建立されている。

1985年8月12日の日航ジャンボ123便では、日本の裏政府八咫烏(自衛隊)とソ連が共同で、日米勢力であるJAL123便、JAL123便乗員乗客、米軍に襲いかかった。

国産電磁パルス核兵器及び国産電磁パルス核ミサイル、
それと、古代デュートロン核兵器「サムライサージ」が使用され、JAL123便と共に、人類最強を誇った米軍SR-71ブラックバードまでをもが玉砕した。


考えていただきたいのは、その先の顛末である。
日本の裏政府八咫烏は、自衛隊と警察を使い、救助を遅らせた。
その間に、
御巣鷹の尾根に、多数生存していたJAL123便乗客乗員は、自衛隊員に虐殺された。

米軍が被害に遭うと、日本人の生命が危険に脅かされるという、教訓を残したのが、御巣鷹の案件なのである。


日本という国は、裏政府の八咫烏が、占領軍として、不当に占領しているというのが、JAL123便から得られる視点である。
この、日本の国家権力を裏で牛耳る八咫烏の勢力は、
・反日本人
・反天皇陛下
・反米
である。
米軍が被害を受けた時、日本の裏政府は、満を持して、自衛隊公安勢力を投入し、日本人の虐殺にとりかかるのである。
これが、実際に発生したのが1985年8月12日の日航ジャンボ123便である。

 

米軍が弱体化することは、日本人の生存にとって大変に危険である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7550.jpg  

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ブッシュ(武州)上野村矢弓沢林道沿いには全山ゼオライトの山があり、ノストラダムス予言とも一致する。2012年の核汚染の際は利根平~矢弓沢に避難すると良い。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/1009.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 4 月 16 日 06:53:10: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 ブッシュ小泉時代に盛んにJAL123便がリークされたのは、中国と武州(ブッシュ)との戦いの構図だ。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 29 日 18:46:19)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便核攻撃惨事であるが、
資源的にも古代からの案件の多い高天原一帯にての出来事であった。

ブッシュ(武州)上野村矢弓沢林道沿いには全山ゼオライトの山がある。
現在2012年の放射能汚染が進行した際、ゼオライト等は利権連中にしか渡らない。庶民はどうしたらよいかといえば、上野村の矢弓沢沿いのゼオライト山に行けば飲める水が得られるのである。(矢弓沢=やきゅうさわ は、新町からの上野村行きバス終点から徒歩でも可能圏内)
中央の経緯度 北緯36度5分44.5秒  東経138度41分1.6秒   この位置へのリンク http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=138.68379166664&latitude=36.095716597734

上野村利根平から矢弓にかけての山がゼオライト山であり、オートネに避難所ができるという、ノストラダムス予言とも一致する。


そもそも、これは隠蔽されている案件だ。
国土地理院(筑波=日露勢力)の地図では、年中通れる全面舗装の矢弓林道が載っていない。
中央の経緯度 北緯36度5分44.5秒  東経138度41分1.6秒   この位置へのリンク http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=138.68379166664&latitude=36.095716597734

近くのJAL123便等昇魂の碑への徒歩登山道ですら掲載してあるにもかかわらずである。中央の経緯度 北緯36度0分2.7秒  東経138度41分40.8秒   この位置へのリンク http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=138.69468055556&latitude=36.000776733858

 

このような日本人の一般庶民に有益な情報を開示してくれるのは米国のみであることを再評価する必要がある。

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日航ジャンボ123便 コックピット「ソ連エア」

2008/09/13 16:08

 

 

日航ジャンボ123便 コックピット「ソ連エア」 
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/638.html

 

日航ジャンボ123便の垂直尾翼破壊はソ連機の衝突によるものと分析される。(銀色の容疑者)


以下要因↓

・JAL123便CVR音声にコックピットの音声として「ソ連エア」と記録されている。
http://neko-usa.s22.xrea.com/jal123/wav/jal123_2448.wav

 

・JAL123便CVR音声にコックピットの音声として「機長、他機に接近」と記録されている。

http://neko-usa.s22.xrea.com/jal123/wav/jal123_4832.wav

 

・JAL123便CVRに記録されていた「10Hz以下の低域にまで及ぶ広い周波数成分をほぼ一様に持つ第1の音(=168ページ)」の再生波形(172~173ページ)を見ると、低音が短時間に強弱しており、しかも、4箇所程度相似波形となっていることから二重プロペラから発せられる音響で4発機と観察される。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6529.jpg

 

・4発の二重プロペラの機体はソ連の飛行機Tu-95ベア等に限定される。

 

・JA8119号機報告書ページの写真には鶴丸のAL付近にプロペラがめり込んだ形の痕跡が認められる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6525.jpg

 

・ソ連は、伊豆諸島方面へのTu-95ベア等による領空侵犯を繰り返しており、東京急行、と呼ばれている。

 

・スコーク77以降、米軍横田基地から再三にわたる救援のアプローチがある。(ソ連エア及び自衛隊からタカリを受けていたということであれば辻褄が合う。)

 

・JAL123便搭乗乗客の小川さんが機内から撮影した写真に、飛行物体と観察される写真が2枚写っている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6527.jpg
朝日新聞やTBSテレビでも報道された機外の異常な物体(小川さん写真)
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6531.jpg
ソ連Tu-95と小川さん写真の比較
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6500.jpg
ソ連Tu-95と運輸省報告書残骸写真の比較
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6528.jpg

 

・橋本龍太郎総理が1997年のロシアエリツィン大統領来日の際、北方領土返還を迫るため、川奈ホテルロビーに真空管アンプを置いた状態でロシアと交渉した。(なお、上野村の橋本旅館入り口には熊=ベア の置物がある。)

 

・1991年CoCo Moonlight Express には「銀色の容疑者」に似たフレーズが。

http://www.youtube.com/watch?v=EPHHqXhV4NM 

 


<参考文献>
日航ジャンボ123便運輸省航空事故調査委員会JA8119号機報告書
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/bunkatsu.html#5
184ページ写真16

日航ジャンボ123便運輸省航空事故調査委員会JA8119号機報告書付録
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-huroku.pdf
168ページ及び、171ページ~173ページに記載されている「付録9」

ソ連Tu-95
http://ja.wikipedia.org/wiki/Tu-95_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)

橋本龍太郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%8B%E6%9C%AC%E9%BE%8D%E5%A4%AA%E9%83%8E  

 

日航ジャンボ123便 乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真にTu-95ベアDが写っている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/632.html

日航ジャンボ123便 JA8119号機エンジンに機銃掃射の穴が3個は見えるがTu-95ベアD尾部銃座から狙撃されたのでは
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/633.html

日航ジャンボ123便 TBS島田カメラマンが撮影した御巣鷹映像にソ連Tu-95の残骸が写っている。TBS特番で報道された
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/634.html


ロシア機が出てくるから上野村の黒澤村長に口封じの5000万円がロシアから渡されている。

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 車窓写真「4枚目」~「8枚目」は伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」周辺圏内。乗客小川様が右側車窓を撮影
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/890.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 18 日 19:11:41: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 車窓写真「7枚目」は、伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」付近を南下。乗客小川様が右側を撮影。飛行物体も 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 18 日 10:12:23)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
乗客の小川様の10枚の写真が報道されている。

 

「1枚目」「2枚目」「3枚目」は、羽田空港18番スポットにて、出発前のJAL123便JA8119号機と共に記念撮影の内容である。

 

「4枚目」は、静岡県下田市の下田港付近で、現在の「道の駅開港下田港」(現在の施設名称)上空を超低空で南寄りの方向に飛行している。

 

「5枚目」は、静岡県下田市の本根岬付近で、「国道135号線尾ヶ崎ウイング」(現在の施設名称)上空を低空で東(東京)方面へ飛行している。

 

「6枚目」は、静岡県下田市の須崎御用邸付近で、御用邸の相模湾側を低空で南下している。

 

「7枚目」は、静岡県下田市の須崎御用邸付近で、御用邸の下田港側を超低空で北寄りに飛行している。

 

「8枚目」は、静岡県下田市の「ペリー艦隊来航記念碑」(現在の施設名称)付近を、超低空で、北寄りに飛行している。

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7445.jpg

 

 


<参考>日航ジャンボ123便 乗客の小川様が

機内から撮影した「4枚目」は伊豆半島道の駅開港下田みなと付近から超低空旋回中の状況。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/924.html

 

日航ジャンボ123便 乗客の小川様が機内から撮影した「5枚目」は伊豆半島下田市国道135号線尾ヶ崎ウイングの地上とほぼかわらない低空から。大型飛行物体も。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/452.html

 

日航ジャンボ123便 車窓写真「6枚目」は、伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」付近を南下。車窓写真「7枚目」は、伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」付近を北上。乗客小川様が右側を撮影。小型飛行物体も
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/889.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7447.jpg

 

日航ジャンボ123便 「8枚目」は、静岡県下田市の「ペリー艦隊来航記念碑」(現在の施設名称)付近を、超低空で、北寄りに飛行している。

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/892.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7446.jpg  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 乗客小川様車窓写真「4枚目」~「8枚目」は伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」周辺を超低空飛行している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/897.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 20 日 14:33:20: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 車窓写真「4枚目」~「8枚目」は伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」周辺圏内。乗客小川様が右側車窓を撮影 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 18 日 19:11:41)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
搭乗の乗客小川様が機内右側を撮影した車窓写真「4枚目」~「8枚目」を分析すると、
伊豆半島の静岡県下田市須崎御用邸周辺を超低空で超急旋回飛行していることがわかる。

推定飛行経路は以下である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7491.jpg


<参考>運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便 1985年8月12日 137ページ 付図ー1 JA8119飛行経路略図
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-05.pdf

 

<参考>日航ジャンボ123便 乗客の小川様が機内から撮影した「4枚目」は伊豆半島道の駅開港下田みなと付近から超低空旋回中の状況。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/924.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6858.jpg

日航ジャンボ123便 乗客の小川様が機内から撮影した「5枚目」は伊豆半島下田市国道135号線尾ヶ崎ウイングの地上とほぼかわらない低空から。大型飛行物体も。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/452.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1844.jpg

日航ジャンボ123便 車窓写真「6枚目」は、伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」付近を南下。車窓写真「7枚目」は、伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」付近を北上。乗客小川様が右側を撮影。小型飛行物体も
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/889.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7447.jpg

日航ジャンボ123便 「8枚目」は、静岡県下田市の「ペリー艦隊来航記念碑」(現在の施設名称)付近を、超低空で、北寄りに飛行している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/892.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7446.jpg  

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 下田港付近でM3.0Cuの対流性エコー発生か。報告書159~160ページに掲載されている気象レーダ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/808.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 03 日 21:26:27: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 乗客小川さんがJAL123便機内から撮影した写真にTu-95ベアDが写っている。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 20 日 09:02:22)

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日航ジャンボ123便 下田港付近でM3.0Cuの対流性エコー発生か
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7136.jpg

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
JAL123便は下田港付近でアクシデントに遭遇して超急旋回回避している。(搭乗乗客小川様が車窓を撮影した写真より。)

1985年8月12日の18:00と19:00の東京気象レーダーが
運輸省航空事故調査委員会JAL123便JA8119号機報告書159~160ページに掲載されている。
JAL123便の下田港上空通過時間は18:24~18:30頃であった。(記録及び搭乗乗客遺書記載内容。)
比較すると、


下田港から、雲塊の移動距離30分程度の利島新島付近に19:00には対流性エコーが出ている。

JAL123便の通過時間に下田港付近でM3.0Cuが発生し、19:00には利島新島付近に動いたということである。

この「利島」「新島」付近の対流性エコーは、JAL123便における下田港付近でのアクシデントに関連があると分析される。

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 下田港付近でM3.0Cuの対流性エコー発生か。自衛隊国産電磁パルス核きのこ雲。報告書掲載気象レーダ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/899.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 21 日 00:57:40: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 下田港付近でM3.0Cuの対流性エコー発生か。報告書159~160ページに掲載されている気象レーダ 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 03 日 21:26:27)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省航空安全委員会JA8119号機JAL123便報告書159~160ページには、
昭和60年8月12日月曜日における18時及び19時の東京気象レーダーが掲載されている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7136.jpg

東京気象レーダーから、
1985年8月12日の18時~19時の1時間の間には、対流性エコーの塊は、東寄りに50~60km移動していることがわかる。

18:00頃には、駿河湾、下田付近、相模湾、共に、対流性エコーは見られない。
しかし
19:00頃には、突如として、相模湾の利島新島付近にM3.0Cuの対流性エコーが発生している。

すると、
18:30頃に、下田付近でM3.0Cuの対流性エコーが突如人工的なきのこ雲として発生し、19時までの、30分間に相模湾の利島新島まで移動したと分析できる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7504.jpg


1985年8月12日の日航ジャンボ123便は、
18:00に羽田を離陸し(18:12)、
18:24~18:30頃に下田付近に至り、
19:00前に消息を断っている。

 

よって、下田付近飛行中のJAL123便近辺で18:30頃に、M3.0Cuの対流性エコーが突如として人工的なきのこ雲の形で発生したと想定される。

 


さらに、この、新型核のきのこ雲は、東寄りに移動して19:00頃に新島利島付近に達した後、
風向が南に変わったため、
千葉県を直撃しフォールアウトにより汚染が発生した。
静岡県、神奈川県、東京都にも高レベルなフォールアウトが発生した。

 

JAL123便に対する自衛隊の核攻撃による、
静岡県、神奈川県、東京都、千葉県、への高レベルなフォールアウトがあった事象は、翌年1986年4月26日1時23分に発生したソ連チェルノブイリ原発暴発による日本国内での放射能測定数値から分析できる。

 

・神奈川県の大気1立方メートル当たり最高値3.0ピコキュリー(JAL123便前年の昭和59年観測)に比べると、JAL123便翌年の昭和61年5月測定値22ピコキュリーが最高で、7倍以上になっている。
・千葉市ではJAL123便翌年の昭和61年春のヨモギから1キロ当たり1万ピコキュリーと、かなり高い放射能が検出された。

 


翌年のチェルノブイリ原発暴発の際の国内放射能測定が、図らずも、1985年8月12日の日航ジャンボ123便の伊豆における自衛隊核攻撃を露呈する結果となった。

 

 

 

 

 

<参考>朝日新聞
15都県で放射能異常値 ソ連原発事故
1986.05.05 東京朝刊 1頁 1総 (全1,257字) 

 ソ連・チェルノブイリ原子力発電所の事故による放射能汚染が、日本各地の広い範囲で確認された、と政府の放射能対策本部(本部長・河野洋平科学技術庁長官)が4日発表した。「放射能の強さは、ただちに健康に影響を与えるものではない」としながらも、千葉市では、3日深夜から4日未明にかけ雨水1リットル中1万3300ピコキュリーの放射性ヨウ素131の最高値を記録したのをはじめ、東京、神奈川、宮城、福島、茨城、静岡、新潟、愛知、島根、石川、福井などの15都県で異常値を検出した。ソ連・キエフ市の北約100キロで事故が起こってから約1週間で、約8000キロ離れた日本に影響が出たことは専門家の予想を上回る速さで、汚染は地球規模に広がったものとみられる。事故現場で放射性物質が環境へ出続けているとすれば、今後、継続的汚染も予想され、同本部は日本全国の監視網に引き続き監視を指示した。

 放射能対策本部は4日午前7時、急きょ各省庁の関係者を招集して開かれ、同日午後10時現在で各地の観測結果をまとめた。

 千葉市の雨水中の異常値は、雨水をそのまま1日2.2リットル(大人の平均摂取量)飲み続けると、2カ月間で年間被ばく許容線量の500ミリレムに達するレベル。雨水では、放射性ヨウ素131の摂取制限が必要とされる1リットル当たり3000ピコキュリーを大きく超えたのは、千葉市と福井県の4000ピコキュリーで、そのほかは、神奈川県で3000ピコキュリー、静岡2300ピコキュリー、東京都では1700ピコキュリーなどとなった。

 大気中の浮遊じんは宮城、福島、茨城、千葉、東京、神奈川、新潟、石川、福井の各都県で検出された。濃度は神奈川県の大気1立方メートル当たり22ピコキュリーが最高。平常時の全放射能の最高値3.0ピコキュリー(59年観測)に比べるとやや大きいが、健康に影響ないという。

 食料品については、原乳を札幌市、茨城県東海村、熊本県で測定したが、ヨウ素131は検出されなかった。

 野菜については福井県でレタスに1キログラム当たり1060ピコキュリー、キャベツに同460ピコキュリーが出たほか、他の地域でも調査を始めている。このほか千葉市ではヨモギから1キロ当たり1万ピコキュリーと、かなり高い放射能が検出された。

 科学技術庁の辻栄一原子力安全局長は4日夕、記者会見で「千葉市の雨の数字はやや高いのが気になるが、2カ月連続して雨が降るとは考えられず、慎重に観測を続けたい」と話した。

 当面の注意としては(1)千葉市で雨水を直接飲む場合は、できるだけ木炭などでこして使用することが望ましい(2)水道水、井戸水と牛乳は心配ない(3)菜類は念のため、よく洗って食べることが望ましい(4)雨にぬれたり、洗濯したりすることについて何ら問題ない、などとしている。

 河野科学技術庁長官は「ただちに健康上影響を及ぼすものではないが、政府としては引き続き全国規模の放射能調査をするほか、新たな事態が生じた場合には適切に対策を公表するなど万全を期す方針だ」と談話を発表した。  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 文部省宇宙科学研究所のロケットをベースにした国産巡航ミサイル。写真「7枚目」下田「須崎御用邸」付近
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/900.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 21 日 04:01:54: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 車窓写真「7枚目」は、伊豆静岡県下田市「須崎御用邸」付近を南下。乗客小川様が右側を撮影。飛行物体も 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 18 日 10:12:23)

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1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
JAL123便搭乗の乗客小川様が右側車窓を撮影した
写真「7枚目」
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7505.jpg
では、機外に、ひょろ長い飛行物体が記録されている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7505.jpg

拡大して見ると、コーンノズルが付いているのが認められる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7506.jpg

これは、
JAL123便近傍に、国産巡航ミサイルが飛翔していた状況を示している。

JAL123便の残骸は、調布の文部省宇宙科学研究所に運び込まれている。(運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便205ページ写真57)
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7506.jpg
通常、「飛行機事故」ならば、宇宙関連施設に残骸が運び込まれることは、まず無いのである。

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 昇魂の碑に慰霊登山者により持ち寄られた残骸にもサビサビの残骸が混じっている。鋼鉄を使うのはソ連軍機
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/886.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 17 日 21:45:59: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 ソ連Tu-22盲の鋼鉄製サビサビでムラの多い白色薄塗装残骸が。1985年8月13日頃御巣鷹尾根写真 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 19 日 22:51:00)

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1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
以下は昇魂の碑前の写真である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7431.jpg
慰霊登山者の方々により、登山道等で見つかった残骸が持ち寄られている。

ところで
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7431.jpg
の残骸中に、ネジがやたらとサビサビな残骸が中央部に1個見られる。
基本的に、ジャンボ等の米国製機体はアルミ合金製であり、リベットも防食合金製である。
一方、
鋼鉄を多用するソ連軍機では、特にネジが錆びている例が多々見られる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6966.jpg
よって、このネジがやたらとサビサビな残骸
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7431.jpg
は、ソ連軍機の残骸と分析される。

 

 



<参考>朝日新聞 しっぽの吹き流しなどを狙うはずの高速標的機を、実際に打ち落としたり、
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1949.jpg  

 

カテゴリ: コラむ    フォルダ: 指定なし

 

123便 伊豆から引き上げられた尾翼 なぜドリルの削りカスのように丸まっているのだろう。

2008/09/12 18:21

 

123便 伊豆から引き上げられた尾翼 なぜドリルの削りカスのように丸まっているのだろう。
http://www.asyura2.com/08/lunchbreak12/msg/734.html
投稿者 愉快通快 日時 2008 年 9 月 16 日 05:50:52: aijn0aOFbw4jc

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便墜落事件であるが、引き上げられた尾翼の外板がドリルの削りカスのように丸まっている。

これは、何か外部のドリルのような回転物体に巻き込まれたことを意味するものだ。
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/7278.jpg
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/7279.jpg
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/7280.jpg
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/7281.jpg  

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 B-747アルミ合金が、ソ連Tu-95ベア鋼製機体により彫刻刀の削りカスのような削れ方をしている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/688.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 08 日 16:10:26: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 垂直尾翼右側外板切断面とソ連Tu-95ブレードの形が一致している。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 23 日 08:41:31)

070903 peter start 070903 peter end

 

http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/7278.jpg
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/7279.jpg
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/7280.jpg
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/7281.jpg

の写真は、1985年8月12日夜に、海上自衛隊館山港に陸揚げされる模様で、
JAL123便のニュース映像からキャプチャーした画像です。

ドリルの削りカスのように、きれいに丸まっています。


例えば、プラスチック部分をカッターで薄く削れば、このような丸まり方になります。
かつお節を削っても、
彫刻刀で木材を削っても、薄く削れば、このような丸まり方になります。


要は、アルミ合金製のB-747ジャンボの残骸がドリルの削りカスのようになっているということは、
硬い素材が削るように衝突したという状況証拠となります。

それで、爆破や爆弾、プラスチック製のデゴイやミサイル、試験飛行体、等では、
ドリルの削りカスのような残骸を発生させることは不可能です。

 

よって、鋼製機体のソ連Tu-95ベアが衝突したということが浮かび上がってきます。
 

JAL123便に直接的に危害を加えたのは、硬い鋼製機体の飛行体。ソ連軍機だったのです。

 

プレスしたような跡
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/640.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6549.jpg
とあわせましても、状況に合致します。


JAL123便搭乗の乗客、小川さんが機内から右側車窓を撮影した写真にも写っています。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/632.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6500.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6723.jpg

 

JAL123便コックピットにおきましても「ソ連エア」とCVRに記録されています。
 

「ソ連エア」     http://neko-usa.s22.xrea.com/jal123/wav/jal123_2448.wav
「機長、他機に接近」 http://neko-usa.s22.xrea.com/jal123/wav/jal123_4832.wav
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/639.html

 

それと、ウクライナの空軍基地に展示してあるモニュメント
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/645.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6574.jpg
も重要です。
しばらくウクライナでは親米政権下でした。

 

 

海上自衛隊館山港に陸揚げされるJAL123便垂直尾翼残骸。B-747のアルミ合金に対し、十分に硬い物体が削り取るように衝突した状況証拠。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6724.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根に「U2偵察機」主翼残骸が見られる。1985年8月13日午前頃の御巣鷹の尾根報道写真中
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/930.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 20 日 20:31:39: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 U2 360 ツアー Walk On → 「U2の北緯36度0分の尾根を歩く」  投稿者 愉快通快 日時 2010 年 9 月 18 日 22:17:06)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日午前中頃の御巣鷹の尾根報道写真中に、JAL123便残骸と共に
U2偵察機の主翼に酷似した残骸が認められる。


http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/6979.jpg

 

これは、自衛隊が炸裂させた核爆弾「サムライサージ」によりJAL123便と共に落ちている状況である。

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 警視庁墓碑「鏡面物質反物質」「古代兵器」「低温溶融光線」「旧型の飛行機」「衝突案件」「相手は銀色」
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/923.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 25 日 21:53:55: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 報道写真に警視庁ヘリ残骸が認められる。1985年8月13日頃御巣鷹の尾根。警視庁ヘリを自衛隊が撃墜 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 20 日 11:01:37)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
御巣鷹の尾根 昇魂の碑 奥にある、「警視庁の墓」には、JAL123便案件への想いと情報が込められている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7051.jpg

 

 

<JAL123便伊豆の件>
 

・ワープロ文字を使わず、あえて手書きである。 → 旧型飛行機案件である。(かなり旧型のソ連軍機Tu-95ベアとの衝突案件)
 

・彫刻刀やノミで削って文字を彫っている → 食い込んでいる → 硬い素材が衝突した案件である。(頑強な鋼製機体であるソ連軍機Tu-95ベアとの衝突案件である。)
 

・グレー銀色 →(衝突した相手は銀色ソ連軍機Tu-95ベアである。)
 

・墓碑の厚みが極端に薄い → 翼 →(ソ連軍機Tu-95ベアの主翼がJAL123便の尾翼を切断。)

 

 

<JAL123便御巣鷹の件>
 

・鏡のように磨かれた墓碑 → 鏡面物質(反物質)が関与している。
 

・最新のドリル彫り工法や最新のレーザー光線高温蒸発彫り工法をあえて使用していない。 → 超古代兵器である。(ピラミッドの石を切り出していた頃以前の「低温溶融光線」が使われた。)
 

グレイの墓 → グレイ宇宙技術が入っているアメリカ軍がソ連台湾自衛隊連合の超古代兵器に敗れた。(米軍では「サムライサージ」と読んでいる。)  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 橋龍エリツィン会談は川奈ホテルロビーにて真空管アンプを眺めながら行われた。Tu95ベアは真空管多用
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/751.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 26 日 12:13:59: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 CVR音声「ソ連エア」 運輸省報告書「異常外力」の原因はソ連エア二重反転プロペラから出る低周波音。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 21 日 21:54:59)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便を受けて、
1998年(平成10年)4月18日に行われた橋龍エリツィン会談
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%A5%88%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB
が行われた。川奈ホテルロビーで真空管アンプを眺めながら、ロシアに対し北方領土4島一括変換を迫った。
これは、JAL123便の尾翼を破壊したソ連Tu-95ベアについて、ソ連はいけませんでしたね。ロシアになったのですから北方4島を一括変換願います。という申し入れであった。
真空管アンプが置かれたロビーで真空管を眺めながら会談が行われた背景には、ソ連軍機Tu-95ベアは、超旧型機のため、レーダー等に多数の真空管が採用されていることがあります。


<参考>
ソ連Tu-95ベアは、
http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2011-01/19/content_21772988.htm
のような超旧型機です。
特に通信やレーダーに真空管が多用されています。
http://www.asyura2.com/09/lunchbreak31/msg/774.html
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/10289.jpg


卵型スピーカーにつきましては、
二重回転プロペラ4機から出る音響についてだと想定されます。
要は、
卵型スピーカーを4個並べて
ロガーをかけると、
JAL123便CVR尾翼破壊前後に記録されている音響音
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7060.jpg
(運輸省JAL123便報告書)に近い物が記録できるということです。

さらに、卵型スピーカーを8個使って、2個一組×4個で並べて
ロガーをかければ
JAL123便CVR尾翼破壊前後に記録されている音響音
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7060.jpg
(運輸省JAL123便報告書)と相似な波形が記録できるということです。

 

 

<参考>橋龍エリツィン会談が行われた川奈ホテルロビー
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/10289.jpg
橋本龍太郎総理大臣はアメリカの支援の下、川奈ホテルに真空管アンプを設置し、ロビーで眺めながらロシアエリツィン大統領に北方領土4島一括変換を迫った。

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 伊豆「らららサンビーチ」には、特異な陸地が完成している。向い側に「亀島」があるので「鶴」関連建造物。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/866.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 14 日 17:15:45: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 伊豆「らららサンビーチ」の建物デザインは、JAL123便車窓「6枚目」に写っているプロペラの構図。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 12 日 16:24:57)

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1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
伊豆「らららサンビーチ」には、特異な陸地が建設中であったが、
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7364.jpg
googleアースで確認したところ、完成したようである。

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7365.jpg


40m~50m程の長さで、極めて頑丈なコンクリートとなっている。

向い側に「亀島」があるので、当然、「亀」と来れば「鶴」である。


鶴丸のJAL123便に関連した建造施設と想定される。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7363.jpg  

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 伊豆「らららサンビーチ」の方向を向いているのが、静岡清水のエスパルスドリームプラザ大観覧車である。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/867.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 14 日 18:47:32: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 伊豆「らららサンビーチ」には、特異な陸地が完成している。向い側に「亀島」があるので「鶴」関連建造物。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 14 日 17:15:45)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
乗客の小川様が車窓を撮影した「6枚目」右上にプロペラが写っている構図の建物が伊豆「らららサンビーチ」に建造されている。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/842.html

 

その、「らららサンビーチ」を、駿河湾の対岸から眺めているのが、静岡清水のエスパルスドリームプラザ観覧車である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7369.jpg  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラジコン探察機「チャカ2」(青鉛筆) 1985年9月1日 東京朝刊 23頁
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1949.jpg

ラジコン偵察機「チャカ2」(青鉛筆)
1985.09.01 東京朝刊 23頁 1社 写図有 (全286字) 


 ▽陸上自衛隊が、ジェット偵察機部隊を持つ。ただし、ラジコン機。ミサイル用標的機「チャカ2」にカメラを積み、敵陣を撮影しようというわけ。61年度予算の概算要求に1セット(2機)分を盛り込んでいる。

 ▽敵状を知るのに航空偵察の威力は大きい。が、速度の遅いヘリコプターやプロペラ機では撃墜されてしまう恐れが強い。航空自衛隊のRF4Eジェット偵察機は数が少なく、急場に間に合わないことも考えられる。

 ▽そこで「チャカ2」。小さくて小回りがきき、スピードも出る。撃墜されても人命に被害はない。とはいえ1機で約1億5000万円。誘導装置などを含めたセットで約16億円。けっこうなお値段ではある。


朝日新聞社

 

 

高速無人標的機MQM-74C(CHUKAR II)チャカ2
http://rightwing.sakura.ne.jp/equipment/jmsdf/other/chukar2/chukar2_01.jpg

最大速度 954km/h
上昇限度 12,200m
http://rightwing.sakura.ne.jp/equipment/jmsdf/other/chukar2/chukar2.html  

 

 

 

 

 

 

 日航ジャンボ123便 朝日新聞「防衛庁は件数は311件と~しっぽの吹流しなどを狙うはずの高速標的機を、実際に撃ち落とした
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/903.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 22 日 12:23:28: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 沼津でも日航機破片? 60年末、海岸で見つかる 1986.01.12 東京朝刊 23頁 1社 (全 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 17 日 18:39:06)

070903 peter start 070903 peter end

 

ラジコン偵察機「チャカ2」(青鉛筆)
1985.09.01 東京朝刊 23頁 1社 写図有 (全286字) 


 ▽陸上自衛隊が、ジェット偵察機部隊を持つ。ただし、ラジコン機。ミサイル用標的機「チャカ2」にカメラを積み、敵陣を撮影しようというわけ。61年度予算の概算要求に1セット(2機)分を盛り込んでいる。

 ▽敵状を知るのに航空偵察の威力は大きい。が、速度の遅いヘリコプターやプロペラ機では撃墜されてしまう恐れが強い。航空自衛隊のRF4Eジェット偵察機は数が少なく、急場に間に合わないことも考えられる。

 ▽そこで「チャカ2」。小さくて小回りがきき、スピードも出る。撃墜されても人命に被害はない。とはいえ1機で約1億5000万円。誘導装置などを含めたセットで約16億円。けっこうなお値段ではある。


朝日新聞社

 

 


財産の守りは薄い防衛庁 墜落事故などで61年の損害は33億
1987.04.17 東京朝刊 26頁 2社 (全1,972字) 


 防衛庁が税金で購入した兵器や備品を失ったり、壊したりしたことによる損害額は昨年、約33億円に上り、全省庁のこうした“無駄遣い”の約6割を占めていることが、16日までに、会計検査院への報告から明らかになった。戦闘機などの墜落に加え、訓練中に高価な魚雷や標的をなくしてしまったりしているためだ。墜落して使い物にならなくなった航空機1機の損害額を1000万円余と報告するなど、金額の算定は極めて低いが、それでも群を抜いており、防衛費が高くつく実態を改めて見せつける結果となっている。


 貴重な国の財産を守り、失ったり壊したりした際の弁償責任などを問うため、法律では、国の財産を(1)現金(2)国有財産(不動産、航空機、船舶、株券など)(3)それ以外の物品、の3つに分類。各省庁に対し、現金と物品の亡失・損傷を発見した時は、大蔵大臣と会計検査院へ通知すること、国有財産の亡失は検査院に報告するよう義務づけている。

 60年11月から昨年10月までの1年間の物品の亡失件数では郵政省の1万528件が断然多いが、切手を売る時、間違えてやぶいてしまったというケースが大部分で、損害額は約9950万円に納まっている。

 これに対し防衛庁は、件数では311件と郵政に次いで2番目だが、金額は6億9319万円余と物品損害の65%を占めた。「回収装置がついていて何度も使えるはずの魚雷(1発2750万円)を訓練中に誤って沈めた」「しっぽの吹き流しなどを狙うはずの高速標的機を、実際に打ち落としたり、魚雷標的を沈めてしまった」などが主な例=表。ほかは隊員が帽子をなくしたなど、細々したものという。

 他の省庁の物品亡失で一番多いのは交通事故による自動車の損傷。そのほかは、刑務所の火災でワープロが焼けた(法務省)、集中豪雨や土石流で記録計が流失(建設省)、あて逃げでブイが壊れた(保安庁)など、やむを得ない場合がほとんどだ。

 現金の損害は法務省の1件以外はすべて郵政省。郵便局の窓口でのミス・盗難・強盗の被害などだ。国有財産の件数では、立ち木の盗難、林野火災がある農水省の101件(約8800万円)が目立つが、金額では防衛庁の25億8734万円余が断然トップ。いずれも航空機の墜落による損害だった=表。

 60年10月、宮崎県沖に墜落した海上自衛隊機の場合、40年度に購入した古いもので、減価償却がほとんど済んでいるとして、防衛庁は「損害額1150万円余」と報告。昨年6月、燃料切れで墜落した戦闘機2機の場合も、それぞれ2億円前後と極めて安い金額を報告している。

 昨年10月までの1年間に、検査院が各省庁から受理、弁償責任の有無を判定するなどの処理をした亡失・損傷は、現金が911件(約2億2500万円)、国有財産が181件(約43億4000万円)、物品が1万1246件(約10億6500万円)の計1万2338件(約56億3000万円)。


 墜落4機の損害額は購入の半分で算定 防衛庁の61年装備損失


 防衛庁は、会計検査院に対し墜落した航空機4機の損害額を計約25億8000万円と報告しているが、調達(購入)価格は計56億7000万円と、報告の2倍以上。しかも、そのうち2機約34億円が失われた事故は燃料切れという初歩的ミス。

 防衛庁は、墜落などの事故で戦闘機などを失った場合、一定の事故率を予想して調達しておいた予備機を充てるが、その価格も配備機と変わらない。このため、損害額は調達価格で出すべきだ、との意見は防衛庁内にもある。今回報告された事故機の調達価格を見ると--。


 ビーチクラフト機(損害額約1150万円)は昭和40年度調達で7300万円。HSS2Bヘリコプター(同21億5961万円)は55年度調達で22億円。2機のF4EJ戦闘機(同1億9100万円と2億2521万円)は44年度、46年度調達で各17億円と、報告した損害額とは大きな差がある。

 2機のF4EJが同時に燃料切れで墜落した事故は初歩的ミスとして機長2人を停職2日と同1日としたのを始め、上司ら計15人を処分した。


 ◇防衛庁が61年10月までの1年間に出した主な損害


  【国有財産】

 ▽60年10月23日 鹿児島県鹿屋市の海上自衛隊第1航空群所属のビーチクラフト機が海中に墜落(損害額1150万5014円)

 ▽61年3月27日 静岡県御前崎沖で訓練中の海上自衛隊第21航空群(千葉県館山)所属のヘリコプターHSS2Bが行方不明に(21億5961万4278円)

 ▽61年6月16日 航空自衛隊第5航空団(宮崎県新田原基地)のF4EJファントム戦闘機2機が操縦ミスによる燃料切れで墜落(1億9100万4126円と2億2521万7843円)

  【物品】

 ▽魚雷の海没14発(3億8573万2570円)

 ▽高速標的機の撃墜1機(1472万円)

 ▽魚雷標的の海没1基(185万0207円)


朝日新聞社


http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1949.jpg  

 

 

 

<参考>高速無人標的機MQM-74C(CHUKAR II)チャカ2
http://rightwing.sakura.ne.jp/equipment/jmsdf/other/chukar2/chukar2_01.jpg
最大速度 954km/h
上昇限度 12,200m
http://rightwing.sakura.ne.jp/equipment/jmsdf/other/chukar2/chukar2.html
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7533.jpg

カテゴリ: コラむ    フォルダ: 指定なし

 

ロシアの専門家が、ついにポールシフトの可能性を警告した・ 123便生存者落合さんの行動に学ぶと避難開

2008/09/10 12:59

 

先日中、日航ジャンボ123便が「光った」地点をうろうろしていましたが、そこは中性子爆弾の爆心地そのものでした。

足がまた放射線火傷をおこしてきております。(水虫ではありません。一面、皮がむけてくる)

 

 

 

 

123神示でも予言されているが、2011年のポールシフトの件につきまして外国の方が早く気づき、日本人は2010年の都市攻撃になるまで気づかないとあります。

http://13.pro.tok2.com/~space-age/

それでも、この記事が元で日本人の0.023%の人が気づき助かるらしいので掲示しておきます。

 

ロシアの専門家が、ついにポールシフトの可能性を警告した・

http://cocorofeel.exblog.jp/

 

どのようになるかと言いますと、高天原(日航ジャンボ123便)

http://gray.ap.teacup.com/123ja8119/

が地上に発生することになります。

123便生存者落合さんの行動に学ぶと、富士山が見えるあたり(相模湖付近)から安全姿勢をとり続けていたといいます。

http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-ochiai.htm

 

すると、そろそろ都市からは避難を開始したほうがよいと言うことになります。(時期的にはまだかなり早い段階ですが)

 

123神示やノストラダムスにも、都市に田舎ができ、田舎に都市ができると述べられております。

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便ですが、

1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根写真を見ますと、

古代岩船燃料のオレンジ色の古代燃料のゾーンが見られます。

そもそも、御巣鷹の尾根というもの自体が、岩船をひっくり返したような地形になっています。

よって、古代岩船燃料があってもなんら不思議は無いのです。

 

また、ソ連カムチャッカ半島は岩船型をしていますが、

岩船燃料が混じって湧き出ているオレンジ色箇所があります。

御巣鷹の尾根のJAL123便写真と酷似しています。

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7273.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22盲の機体前部骨組が見られる。1985年8月13日頃御巣鷹尾根スゲの沢報道写真中。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/909.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 24 日 03:34:22: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 ソ連軍機Tu-22盲の機体外板が見られる。1985年8月13日頃御巣鷹尾根スゲの沢報道写真中。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 1 月 20 日 01:55:13)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
1985年8月13日頃の御巣鷹の尾根報道写真中に、ソ連軍機Tu-22盲の機体残骸が見られる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7555.jpg


<参考>日航ジャンボ123便 2010年にも「ソ連+自衛隊」が画策されていたがプーチンが断った。日本の裏政府八咫烏に殴られ青アザ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/898.html

 

<参考>「原子雲のきのこ雲のような」
http://www.youtube.com/watch?v=IH4wt9tbt7w  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 JAL123便周辺が光って川上村側から原爆のようなキノコ雲が目撃された時の機内の様子が圧力隔壁等に
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/908.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 23 日 20:25:08: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 JAL123便付近が光った高天原山蟻ヶ峠南相木村側(長野県側)付近の水が首都圏側に排出されている。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 15 日 23:59:17)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
以下は、運輸省航空安全委員会JA8119号機JAL123便の報告書
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-08.pdf
掲載の写真である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7554.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7552.jpg
JAL123便周辺が光って川上村側から原爆のようなキノコ雲が目撃された時
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7535.jpg
の機内の様子が圧力隔壁等に垣間見られる。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便でありますが、

米軍最強のSR-71も墜落しているのが早い段階の報道写真に記録されています。

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/920.html

SR-71チタンが多用されているため、

昭和60年あたりでチタン製のモニュメントが建てられていたらJAL123便関連と想定されます。

 

太平洋戦争中のアッツ島玉砕で知られるアッツ島ですが、

1987年(昭和62年)にチタン製のモニュメントが新たに建設されています。

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7272.jpg

 

これは、旧日本軍アッツ島玉砕と、JAL123便や米軍機等を撃墜した自衛隊デュートロン(サムライサージ)の玉砕作戦が同様の手口であることから、旧日本軍の再来に警鐘を促すため、建造されたモニュメントになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノアの方舟であるが、漂着したのは長野県南相木村の南相木ダム近くである。

当時、岩船や通常の船は多数あったが、皆だめだった。

ホンモノの「ノアの方舟」が漂着したのは、茶屋ノ平~ずみ岩 付近で、水が引くと共に、大黒沢に滑り降りた。

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 「金」や「燃える砂」といった埼玉秩父の莫大な日本の資源が台中露自衛隊部隊に略奪されている状況です。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/844.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 11 日 01:12:35: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 神界の都にはあくが攻めて来てゐるのざぞ。八月の十二日、のひつく 。高天原にパイナップルフリーゲーズ 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 03 日 12:27:58)

070903 peter start 070903 peter end

 

基本的に、埼玉県というのはアメリカ(日米)が弱い。
熊谷部隊(ソ連中国台湾勢自衛隊公安部隊)の勢力が強いところです。

JAL123便当時は、226事件に実際に参加していた畑和が知事だったことからも明らかです。

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7293.jpg
現在、特に、ここ10年程度におきましては、
・秩父滝沢ダム開発と称して
・秩父神社の秩父ロープウエイが廃止された地下
・埼玉県皆野寄居有料道路
の3箇所が、ソ連中国台湾によって大規模にくり抜かれています。

具体的には、県南の業者(日米韓勢力)を競争入札で追い出し、県北の熊谷部隊(台中ロ自衛隊114及び公安のゼロパイナップルフリーゲーズ)の業者が格安で落札し、廃棄物として資源を持ち出し、莫大な金額の日本の資源が略奪されている状況です。換金分の一部がキックバックされるため安く落札したり、賄賂で口利きが行われている仕組みです。


要は、「超有用資源」があるわけです。
金も多く含まれていますが、実際には古代岩船燃料の「燃える砂」です。


1985年8月12日の日航ジャンボ123便の際に、光っていた場所と相似なところです。

日本の資源が略奪され、善良な業者が締め出され、台中露パイナップルフリーゲーズの活動資金にも充てられているのが現状です。  

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 「ソ連が攻めてきた時には下田」。 JAL123便の教訓から「豊かな時代」を取り戻さねばなりません。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/843.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 11 日 00:56:49: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 乗客小川様が機内から右側の車窓を撮影した写真の「6枚目」ですが、右上にプロペラ羽根が写っています。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 10 日 15:14:13)

 

 

JAL123便は伊豆半島川奈界隈から、わざわざ南下して下田港周辺で超急旋回。回避を繰り返しているのです。
海上自衛隊出身の日本で数番目の腕を持つ高浜機長でなければできない技です。

また、
「下田港」まで南下して急旋回回避を行なっている理由は
天皇家の下田御用邸がある。
・下田開港の下田である。
・下田開港の時、ロシアも開港をせまって、軍艦ディアナ号で来たのですが、11月4日に大津波(安政の大地震)。神力の地である。
ということです。

さらに、
大津波で自力航行不能となったロシア軍艦ディアナ号は、西伊豆の戸田(へだ)へ修理のため曳航中、風と波により数百隻の救助活動もむなしく、ついに宮島村沖で沈没となった。

地震、大風の神力が発生した訳です。
ソ連が攻めてきた時、神国日本の力が出るのが下田なのです。

要は、
「ソ連が攻めてきた時には下田」
と、昔から相場が決まっているのです。

逆に、JAL123便が「下田」に逃げているということは、「ソ連が攻めてきた」ということになります。


欧米が破綻寸前で、ロシアや原住民アジアの世が来そうな流れですが、
この「6枚目」
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7286.jpg
は、欧米勢力を復活させることのできるほどの重要な1枚なのです。

1985年8月12日で「豊かな時代」が終焉してしまったのは、
JAL123便で欧米の飛行機、軍、及び救助が敗退し、JAL123便は撃墜され生存者は残忍に虐殺され、野蛮な原住民の世が到来したからなのです。
なんとしても、JAL123便の教訓から「豊かな時代」を取り戻さねばなりません。


<参考>下田開港の歴史
http://www.izu.co.jp/~p-boo/kaikou.html
ロシア軍艦ディアナ号とプチャーチン提督
http://www1.cts.ne.jp/~fleet7/Museum/Muse260.html

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便     JAL123便残骸写真には、ソ連軍機Tu-95ベアの主翼プロペラと一致する破損が見られる。         
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 24 日 03:34:27: aijn0aOFbw4jc

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/910.html

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 「ソ連が攻めてきた時には下田」。 JAL123便の教訓から「豊かな時代」を取り戻さねばなりません。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 11 日 00:56:49)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
生存者の乗客川上慶子さんが、
「左後ろの壁、上の天井の方がバリッといって、それで穴が開いたの。それと一緒に白い煙みたいなのが、前から入ってきたの。」
と証言している。
http://www.youtube.com/watch?v=YvuSD0Z2vZA


運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/bunkatsu.html
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-08.pdf
写真77(215ページ)
写真95(224ページ)
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7553.jpg
のJAL123便残骸写真には、
ソ連軍機Tu-95ベアの主翼プロペラと一致する破損が見られる。

 


<参考>日航ジャンボ123便 2010年にも「ソ連+自衛隊」が画策されていたがプーチンが断った。日本の裏政府八咫烏に殴られ青アザ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/898.html

 

<参考>生存者の証言 -川上慶子さんの証言-
-高崎国立病院での証言-

大社町(島根県)のおばあちゃんや大勢の人が、慶子ちゃんの元気になった声を聞きたがっているの。知っていることを話してね。飛行機の音とかあったでしょ?

あのね、北海道の帰りに、千歳から東京まで飛行機で行ってね。東京から大阪まで飛行機で、大阪にいるおばちゃんのとこに回って寄るっていって、それで乗ったの。

飛行機の中で大きな音がした時何が起こったの?

左後ろの壁、上の天井の方がバリッといって、それで穴が開いたの。それと一緒に白い煙みたいなのが、前から入ってきたの。

慶子ちゃんが一番最初気がついた時、周りは暗かった?

暗かった。

真っ暗だった?

うん。

その時何も見えなかった?

見えなかった。

お父さんやお母さんや咲子ちゃんはその時どうだったか覚えている?

うん。咲子とお父ちゃんは大丈夫だったみたい。お母ちゃんは最初から声が聞こえなかった。

その時に何か思った?

うん。お父ちゃんたち生きているかなとかね、思った。

明るくなった時何か見たものある?

木とかね、太陽が差し込んできた。(私は)寝転がってたみたいになってたから、目の前に何かネジみたいな大きいものがあったの。隣に何かタオルみたいなものが見えて、触ってみたらお父ちゃんが冷たくなっていた。左の手が届いたから、触ったの。

左手が届いたところにいたわけね?

うん。

ヘリコプターでつり上げられた時何を考えていた?

出される時にね、咲子の何かベルトで縛られたところが見えたから、咲子たち大丈夫かなって思った。

助けられてから、一番うれしかったことは?

知らない人やクラスの友達とかにね、いろいろ励ましの手紙をもらったり、いろんな物を宅配便とかで送ってくれたの。

ほかに何かみんなに言いたいことは?

いろいろ励ましてくれたので、くじけずに頑張りたいと思います。

上記のインタビューは事故から一週間後の8月19日、高崎国立病院の病室で小川清子看護婦長が報道陣のメモを基に質問したのに答えたもので、約5分間のテープが公開された。質問は慶子さんの病状を考慮して、ショックを与えそうな質問は避けられたが、慶子さんははっきりした声で積極的に事故の様子を話した。落合由美さん・吉崎博子さんも同様にインタビューのテープが公開されたが、川上慶子さんのみ病室にテレビカメラが入った。下の映像はその時公開されたテープのダイジェストと思われる。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
-付き添い関係者への証言1-

http://www.youtube.com/watch?v=YvuSD0Z2vZA  

 

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根 昇魂の碑 広場の風車は、ソ連軍機Tu-95ベアも自衛隊に加勢したことを示している。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/935.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 02 日 16:27:49: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 総括 日本に必要なのはアメリカ主導による国家再構築である。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 26 日 18:40:35)

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1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
前原大臣が御巣鷹の尾根に参拝された頃から、昇魂の前広場には風車が飾ってある。
これは、JAL123便撃墜に、
ソ連軍機Tu-95ベアも自衛隊に加勢したことを示している。


<参考>日航ジャンボ123便 昇魂の碑前ヘリポートの読売寄贈ベンチ。「読売」の文字が溶剤で消されている。ロシアサイドの隠ぺい工作
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak42/msg/783.html
 

 

 

 

日航ジャンボ123便 運輸省報告書216ページ写真79の隔壁プレス痕跡がソ連軍機Tu-95ベアプロペラと一致。等倍サイズ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/937.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 02 日 17:35:48: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 御巣鷹の尾根 昇魂の碑 広場の風車は、ソ連軍機Tu-95ベアも自衛隊に加勢力したことを示している。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 02 日 16:27:49)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/bunkatsu.html
216ページ写真79の
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-08.pdf
隔壁プレス痕跡がソ連軍機Tu-95ベアプロペラと一致している。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7714.jpg
等倍サイズであるから、直接ベアのプロペラがJAL123便を損傷した状況となっている。

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 運輸省報告書214ページ写真75の隔壁破損状況が安全姿勢をとる乗客になっている。近傍で核ピカドン。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/936.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 02 日 17:14:46: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 運輸省報告書197ページ写真41の機体破損状況が安全姿勢をとる乗客になっている。近傍で核ピカドン。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 14:53:17)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
運輸省航空事故調査委員会JA8119号機JAL123便報告書
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/bunkatsu.html
214ページ写真75
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-08.pdf
の隔壁破損状況が安全姿勢をとる乗客になっている。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7713.jpg

大きさは、人体等寸大より大きいため、
レントゲンの原理で、後部圧力隔壁を受像板としてJAL123便近傍で自衛隊ピカドンが炸裂した際に、発生した痕跡と分析される。

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 歴史的に見て、日本に欧米政権が君臨している時に日本人は豊かであった。「徳川幕府」とはロシア下部組織
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/944.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 05 日 16:23:23: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 総括 日本に必要なのはアメリカ主導による国家再構築である。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 26 日 18:40:35)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
日米勢力が、ロシア中国台湾北朝鮮(旧日本軍部)徳川幕府連合勢力に敗退したため、
実質的に、裏の権限が、大陸勢力に移ってしまっており、
故に、現在までの大きな国難の時代となっているのです。

 

「御巣鷹」というのは、江戸時代、上野村界隈に33箇所つくられています。
また、
上野村や埼玉県川越~日高等に、江戸時代に、大陸から、かなりの移民が来ています。

要は、
「33」ですから、
徳川幕府、というのは、ロシアフリーメーソン(アメリカフリーメーソンとは正反対)の下部組織です。
しかも、
鎖国をしていることになっていたのですが、実質的には、大陸から植民地として移住政策をとっていたわけです。

この動きが、現在の「熊谷部隊」等の、現政府転覆組織への流れとなっており、徳川幕府の名残として裏予算として官房機密費の半分を得るような絶大な裏権力を維持しているのです。

日航ジャンボ123便の際、
JAL123便は、現政府アメリカ政権、日本皇国臣民の集大成ですから、
当然、攻撃してくるのは、
ロシア、徳川幕府、大陸移民、といった勢力になります。
・ソ連軍機
・自衛隊(中露台湾旧日本軍部派)
が出てきて至極当然なのであります。


要は、近代史の流れを単純化しますと、以下のように分析されます。
徳川幕府(ロシア下部組織)
~ ロシア統治時代。天変地異も多く、暗澹たる世の中。
明治政府
~ 欧州統治時代。よい世の中。
大正時代
昭和初期
~ 旧日本軍(現北朝鮮)統治時代。惨憺たる世の中。
昭和終戦まで
~ 米国統治時代。よい世の中。
JAL123便の昭和60年8月12日まで
~ ロシア北朝鮮(旧日本軍部)統治時代。 惨憺たる世の中。
現在

 

なお、日航ジャンボ123便の「御巣鷹山」は、徳川幕府の33箇所の御巣鷹地域区分では、「長岩御巣鷹山」という区域に、
アントヌッチ中尉が報告した地点は「品塩御巣鷹山」という区域になります。

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ところで御巣鷹県境一帯の山頂付近には「ふき」が自生するが株分けで増える「ふき」に種があるのは大洪水対

2008/09/07 13:43

 

ところで御巣鷹県境一帯の山頂付近には「ふき」が自生するが株分けで増える「ふき」に種があるのは大洪水対策だ。

 

御巣鷹周辺には野いちごのようなものが自生しているがランナーで増えるイチゴに種があるのは大洪水に備えるためである。

 

古代から生き延びている古代ハスも、レンコンから増えるのに種がある。これは大洪水の後、復活するためである。

 

 

また、ノストラダムス「諸世紀」の石碑のようなものに云々ということで南相木ダムの石碑を見てきた。

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 「赤いプロペラの飛行機」(軍機)「青色の飛行機」(軍機)が攻撃した背景には中国ヤクザ赤パン青パンも
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/942.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 04 日 23:08:15: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 総括 日本に必要なのはアメリカ主導による国家再構築である。 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 26 日 18:40:35)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の、JAL123便では、
アメリカの配下にあった
・日本の自衛隊
台湾勝共連合
中国台湾ヤクザの赤パン青パン
が、米国の経済低迷を主要因に中露台湾側(旧日本軍部北朝鮮)に寝返ったという背景もあります。

中国ヤクザの赤パン青パンですが、
元々は、アメリカの配下にありました。
しかし、1985年当時の米国の経済低迷で、地元中国側に寝返ったと分析されます。


>>> ■ 目立つ色のブルーインパルスを、あの最終局面で果たして使うかどうか。

 


なぜに、こんな目立つ
・青
・赤
の飛行機が出てきたかということですが、

背景に、
中国台湾のヤクザ「赤パン青パン」
があります。
このヤクザは現在、上部ではイタリアの金塊マフィアとつながっています。
中台の赤パン青パンが、アメリカ配下からイタリアの金塊マフィア配下に乗り換えたのでしょう。

福島で休日に訓練を積んでいる、自衛隊
松島
・習志野
の、旧日本軍部(ロシア中国台湾派)自衛隊というのは中国の「赤パン青パン」ヤクザの影響も強い訳です。

要は、中国台湾ヤクザの
「赤パン青パン」
が日本のヤクザ界に乗り込んできたという側面もございます。

それで、元ヤクザでJALパーサーの経歴もある安倍氏が、宝島誌の記事を書いたりしている訳です。(日本のヤクザ業界から、赤パン青パンへの圧力)
http://www.google.co.jp/search?q=%E6%97%A5%E8%88%AA%E6%A9%9F%E3%80%80%E5%AE%89%E9%83%A8%E8%AD%B2%E4%BA%8C&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&ie=UTF-8&oe=UTF-8&sourceid=ie7&rlz=1I7RNWE_jaJP310&redir_esc=&ei=VGhTT4HfCMbGmQWPyYyKBg

あらゆる面で、日本内部の構造が、
・アメリカの良い方式
から
・旧日本軍部(中露台湾
レイジー体制に変化するきっかけとなったのが、JAL123便であります。

 

> 「青色の飛行機」と言った場合、機体全体が「青色」ではなく、
> 写真のように、「青色の筋」が入った機体を、「青色の飛行機」
>と目撃した可能性は、充分にあります。
> このような航空機をJAL123便追い込みに使った

 

自衛隊の旧日本軍派(中露台湾派閥)の曲芸飛行部隊ですが、
福島に練習場があり、
松島と習志野
が、基本的に所属になります。

それに、JAL123便では岐阜の自衛隊航空実験団や浜松も関与しておりますので、
予備機、納入試験中の未登録の機体、等がふんだんに使えた状況です。

レーダーに映らないよう、山にへばりつくように
低空旋回していたと想定されますし、
ブルーインパルスの機体は性能重視ですのでうるさいですから
そうなりますと、上野村の子供らに印象が強く、「青色の飛行機」が作文集や絵に残っていてもなんら違和感がありません。


他の側面では、
JAL123便では、結構多くの「電通社員」が死亡しています。
マスコミへの
旧日本軍部(北朝鮮側)からの圧力、弾圧、とも受け取れます。

とにかく旧日本軍部というのは無謀な方々で、
・目の前に見えているものを隠蔽する
ことに全力を上げるという
レイジーな方々です。

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 大蛇倉山(高岩)山腹の大蛇の抜け殻のある洞穴は塞がっており、地底湖の湖水は、悪石沢付近から出ている
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/947.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 05 日 23:34:26: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 神界の都にはあくが攻めて来てゐるのざぞ。八月の十二日、のひつく 。高天原にパイナップルフリーゲーズ 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 03 日 12:27:58)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
蟻ヶ峠付近において、JAL123便近傍で自衛隊がピカドンが発生した。
この無謀でクレイジーな旧日本軍部派の作戦は特攻隊同様、「サムライサージ」として恐れられている。

また、翌年の1986年にかけても自衛隊の悪行は続き、自衛隊が奥三川洞等の神域を爆破破壊した。

こうした岩盤崩壊の影響により、洞穴内に大蛇の抜け殻のある
大蛇倉山中腹の洞穴は塞がれている。

地底湖の湖水は、現在も湧き出している。
しかし、
蟻ヶ峠付近のピカドンで山体岩盤に亀裂が入ったため、現在では、
三川左岸の悪石沢手前(三川上)の沢から、
大蛇倉洞穴湖底水が流れ出している。

この湖水は、クロレラ的な健康に極めて寄与する藻が含まれている。

 

 

 

日航ジャンボ123便 運輸省報告書で、あえて指摘されている「0.23um」ですが、ナチスドイツで完成していた「殺人光線」
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/941.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 04 日 14:26:53: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 自衛隊T-2(F-1 T-2支援戦闘機)の塗料残骸が御巣鷹の尾根に散見される。ブルーインパルス色。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 03 日 17:21:17)

070903 peter start 070903 peter end

 

群馬県立図書館に、JAL123便当時の上野村小中学校の御巣鷹作文集、
が蔵書してございますが、
その中にも、
・青い飛行機
が、出ていました。
大人ですと、青い飛行機といえばブルーインパルス自衛隊ということになるので
証言を濁すのでしょうが、小学生は、そのまま青い飛行機と記載したと思われます。

すると
・食堂ヒロ展示の絵
・当時の上野村小中学校の御巣鷹作文集
と、複数の子供が「青い飛行機」を証言していることになります。

> 目立つ色の機体を、あの最終局面で果たして使うかどうか。

通常は、目立つ機体は出ません。
しかし、
「自衛隊」
ならばありえます。

・特攻隊
・南方戦線
・ひめゆり
といった無謀な作戦立案兵士住民虐殺の前例があります。

JAL123便では、
無理に核兵器を使用し、
米軍を押しのいてまでも、生存者虐殺を行なっています。


なお、
運輸省報告書で、あえて指摘されている
「0.23um」ですが、
第二次世界大戦末期にナチスドイツで完成していた
「殺人光線」
という兵器です。

一応、台湾ロシアと組んだ自衛隊というのは
ナチス
と見て然り(自衛隊114部隊系「安全部隊」等により毎年10万人の日本のユダヤ血統を集団ストーカー殺人している)ですから、

・無謀な作戦(目立つ機体)
・「殺人光線」(核兵器亜種)

が出てくるというのも、
自衛隊ならではの作戦立案の傾向です。

 

 

JAL123便後、自衛隊再編が行われ、
・岐阜の航空実験団が事実上お取り潰しとなり、入間に合併
しています。

そして、浜松基地には
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7756.jpg
の展示がございますが、
これはドンピシャの機体ではありませんが、JAL123便に対して攻撃が見られた
・「青色の飛行機」(自衛隊ブルーインパルス
・「赤いプロペラの飛行機」(自衛隊岐阜航空実験団の小型赤軍機)
を象徴する機体だと分析されます。


アメリカから自衛隊への「日本人の虐殺を繰り返すな」という圧力で、しぶしぶ展示していると分析されます。
いかにも、米軍らしい日本人(ユダヤ人種)の生存に友好的な開示のさせ方です。

 

 

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 例えば、この、特徴的な形の巨岩ですが、場所からしても「イルミナティの目」の岩なのです。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/946.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 05 日 23:08:45: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 日本の裏政府(台湾)を「牛鬼」と定義すると興味深い。JAL123便残骸現場に「伊勢岩」「二代淵」。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 28 日 10:31:45)

070903 peter start 070903 peter end

 

いろいろと世の中の案件というのはございますが、
どれもこれも、面白くありません。

その点、JAL123便は、古代の中心地、高天原で発生しているため、
古代文明とあわせて説明できます。
これは、
レベルの高い方々にも話を聞いていただいても損をさせないという有意義さがございます。

例えば
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7787.jpg
の、
ちょこんと乗っているような感じの、特徴的な巨岩ですが、
「イルミナティの目」
の岩
な訳です。


古代史云々でセミナー等されておられる方々おられますが、なぜに、こういった単純明快かつ重要な話をされないのか理解に苦しみます。
よくわからんいろいろな解説が世の中にありますが、
これがそうです、という現物があるのが一番手っ取り早いはずです。


なお、
群馬長野県境の「日航の頭」の1922m峰の高天原山側に、もう一つ、1922m峰の巨岩がありますが、ここも重要地点です。実は、「両眼」があるのです。
これは、フリーメーソン(アメリカ)と逆フリーメーソン(ロシア中国台湾)との関係も示しています。

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 昨今では、311の放射能汚染が顕著であるが、原発利権のフランス由来だからノストラダムス予言に解決策
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/948.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 06 日 17:25:39: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 大蛇倉山(高岩)山腹の大蛇の抜け殻のある洞穴は塞がっており、地底湖の湖水は、悪石沢付近から出ている 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 05 日 23:34:26)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
古代からの案件の多い高天原山周辺であった。

現在、ロシア中国台湾旧日本軍部(北朝鮮)といった連中が高天原山周辺の宝を占拠強奪している状況であるが、この「宝」は、ロシア中国台湾旧日本軍部(北朝鮮)といった
「人間風四足動物(獣の者)」
には、全くもって無効である。


そもそもが、「金」というのは竜神が産出するのであるから、「金」の利権はドラゴニアンが持っていて然りである。
現在、ブッシュ等のドラゴニアンが金の件で圧力を受けているというのは、完全金本位制の世の中では無いにせよ、滑稽極まりない。

『ひふみ神示 第20巻 梅の巻 / (んのキ)   第二十二帖 
竜神は悪神ぢゃと云ふ時来るぞ、心せよ。』
が到来しているもようである。


また、日本人等の「ユダヤ人種」が、大陸の「人間風四足動物(獣の者)」から圧力を受けているが、原子番号の大きい有用金属(特に放射能の影響に有効)は、「ユダヤ人種」が生産しているのであるから、
「ユダヤ人種」が中露台湾日本軍部といった「人間風四足動物(獣の者)」に官房機密費等まで投入されて、殺されている状況は、これもまた極めて滑稽である。


具体的には、


『神の名二つ』というのが、基本的には
・ドラゴニアンと
・ユダヤ人種
である。
『ひふみ神示 第01巻  上つ巻 / (うへつまき)   第十六帖 (一六)
ひふみの火水とは結ぞ、中心の神、表面に世に満つことぞ、ひらき睦び、中心に火集ひ、ひらく水。神の名二つ、』

こういった、「竜神」や「ユダヤ人種」が、「宝」を使って、放射能汚染等を解決しうるのである。


『それぞれ身魂相当』なので、「中露台湾日本軍部といった「人間風四足動物(獣の者)」が取得しても、何もできないのである。
『ひふみ神示 第02巻  下つ巻(四百つまき)  第二帖(四四)
それぞれ身魂相当』


『火水』の
『火』とは、
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/895.html
の物質、であり
中央の経緯度 北緯36度0分18.5秒  東経138度38分59秒   この位置へのリンク http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=138.64974999998&latitude=36.005149776073
付近に存在する。

『水』とは
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/947.html
の水であり
中央の経緯度 北緯35度59分57.5秒  東経138度39分35.1秒   この位置へのリンク http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=138.65977777776&latitude=35.99932114885
付近から出ている。

『ひふみ神示 第13巻 雨の巻 / ( アメのキ) 全十七帖  第十一帖 (三四五)
愈々となりたら一寸の火水で うでくり返してやる仕組ざぞ』
ということであるからして、ユダヤ人種とドラゴニアンは大事にせねばならない。

 

昨今では、311の放射能汚染が顕著であるが、これは原発利権のフランス由来であるからして、ノストラダムス予言に解決策があるが、約500年前に同様のことが述べられている。この「宝」をドラゴニアンとユダヤ人種が使うと解決できる。
『三頭政治家の骨格が発見された。』→竜の抜け殻
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/947.html
『陶器の砂岩の長手方向の側面に深層の難解な宝がある。』
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/895.html
『階段の踊り場の中、その付近に生まれていた。』
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/947.html
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/895.html
『窪みは組み付け台と金属製の重りにある。』
組付け台
中央の経緯度 北緯36度0分17.1秒  東経138度39分6.3秒   この位置へのリンク http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=138.65176388886&latitude=36.004760994381
金属製の重り
中央の経緯度 北緯35度59分57.2秒  東経138度39分39.1秒   この位置へのリンク http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=138.66088888885&latitude=35.999246904343

 

 

<参考>ひふみ神示 第15巻 岩の巻 / (一八のキ) 全十一帖  第十帖 (三七五)
竜宮の乙姫殿のお宝、誰にも判るまいがな。びっくり箱の一つであるぞ。

<参考>ひふみ神示 第02巻  下つ巻(四百つまき)  第二帖(四四)
それぞれ身魂相当

<参考>ひふみ神示 第13巻 雨の巻 / ( アメのキ) 全十七帖  第十一帖 (三四五)
愈々となりたら一寸の火水で うでくり返してやる仕組ざぞ

<参考>ひふみ神示 第01巻  上つ巻 / (うへつまき)   第十六帖 (一六)
ひふみの火水とは結ぞ、中心の神、表面に世に満つことぞ、ひらき睦び、中心に火集ひ、ひらく水。神の名二つ、カミと神世に出づ。早く鳴り成り、

<参考>ひふみ神示 第20巻 梅の巻 / (んのキ)   第二十二帖 
竜神は悪神ぢゃと云ふ時来るぞ、心せよ。

<参考>第十帖 (三七五)ひふみ神示 第15巻 岩の巻 / (一八のキ) 全十一帖
竜宮の乙姫殿のお宝、誰にも判るまいがな。びっくり箱の一つであるぞ。キT(た)がよくなる、キたが光るぞ、きT(た)が一番によくなると申してあること段々に判りて来るのざぞ。これ程に申してもまだ疑ふ人民 沢山あるなれど、神も人民さんには一目置くのぞ、閉口ぞ、よくもまあ曇ったものぢゃなあ、疑ふなら今一度 我でやって見よれ、それもよいぞ、あちらこちらにグレングレンとどうにもならんのざぞ、人民には見当取れん大きな大きな大望ざから、その型だけでよいからと申してゐるのぢゃ、型して下されよ。改心の見込ついたら、世の元からの生神が、おのおのにタマ入れてやるから、力添へ致してやるから、せめてそこまで磨いて下されよ。

<参考>諸世紀 第05章第007編
原書
Du triumvir seront trouvez les os,
Cerchant profond tresor enigmatique,
Ceux d'alentour ne seront en repos,
De concaver marbre & plomb metalique.
原書置換
Du triumvir seront trouvez les os,
Cerchant profond tresor enigmatique,
Ceux d'alentour ne seront en repos,
De concaver marbre & plomb metalique.
原書直訳
三頭政治家の骨格が発見された。
陶器の砂岩の長手方向の側面に深層の難解な宝がある。
階段の踊り場の中、その付近に生まれていた。
窪みは組み付け台と金属製の重りにある。

<参考>日航ジャンボ123便 川上村からの目撃で、123便近傍が光って原爆のようなきのこ雲が上がった蟻ケ峠近くの南相木ダム付近に「宝」がある。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/895.html

<参考>日航ジャンボ123便 高天原は古代の重要地点。
例えば、「イルミナティの目」の岩。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/946.html

<参考>日航ジャンボ123便 大蛇倉山(高岩)山腹の大蛇の抜け殻のある洞穴は塞がっており、地底湖の湖水は、悪石沢付近から出ている
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/947.html
 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 主翼の日の丸は可動部のため赤丸シールを貼ってあるだけ。「赤い物体」が主翼の一部と言うのは困難である
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/949.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 06 日 21:58:23: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: JAL123便事件:国土交通省運輸安全委員会が指摘した、御巣鷹墜落現場で発見された「赤い物体」。           投稿者 高原レタス 日時 2011 年 12 月 03 日 11:18:27)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
B-747SRジャンボ旅客機JA8119号機で運行された。

参考に、JA8119号機と同時期に製造された同仕様の、
JA8118号機
を見てみる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7796.jpg

すると、主翼の日の丸部分は、可動部のため、赤丸シールが糊料で接着されているだけの状態である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7801.jpg
現に、
JA8118号機の主翼の赤丸シールは剥がれかかっている。

外部装飾におきましては
・アクリル系塗料による静電塗装
シール接着
が、よく用いられる。

通常は、耐久性等に優れた塗料による塗装になるが、
可動部は「シール接着」
も用いられる。

すると、
JA8119号機の主翼の日の丸もシール接着で、剥がれやすかったと想定される。
特に、シールは熱で剥がれやすい。
故に、
「赤い物体」を「主翼の一部」とするのは、かなり無理がある。

別の日の沖縄行きJAL913便のJA8119号機の主翼で比較してみる。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7804.jpg
すると、やはり、日の丸部分は赤丸シールを貼ってある仕様である。
初期の火炎等でラッピングシール仕様の装飾ははがれやすかったと想定される。右主翼の赤丸シールが翼に接着されたたまま残骸として残っていたというのは極めて無理がある。

 

 

 

 

 

日航ジャンボ123便 オレンジ色残骸(JAL機以外)が見られる。ソ連の中性子爆弾日本自衛隊の電磁パルス核が米国に対し行使
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/950.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 07 日 07:05:39: aijn0aOFbw4jc

 

(回答先: 日航ジャンボ123便 ロシアからの寄稿文の低クオリティと、昨年出された低俗なJAL123便補足解説分の低クオリティが一致 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 3 月 05 日 22:34:54)

070903 peter start 070903 peter end

 

1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、
御巣鷹で、JAL機以外の残骸が見られる。

この内、オレンジ色残骸もあるのが特徴的である。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/2302.jpg
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/2304.jpg

昭和60年当時、
・米ソは中性子爆弾の開発競争
・日本は国産巡航ミサイル及びステルス機塗料(ラバー)の開発
が盛んであった。

相模湾、伊豆や御巣鷹の状況からすると、
自衛隊、ソ連の連合で、日米勢力が攻撃されている。
具体的には、
対象として、当時のアメリカで最重要商品であった、ジャンボ旅客機が攻撃された。アメリカの最重要飛行機を撃墜することで、対米で優位に立とうとする自衛隊ソ連の動きが垣間見られる。
・ソ連の中性子爆弾が使用された。
http://www.asyura.com/bigdata/up1/source/9874.jpg
・自衛隊の国産電磁パルス核ミサイルが使用された。
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7805.jpg
状況である。

 

なお、この「国産電磁パルス核ミサイル」は、中国軍の対米国空母攻撃用核ミサイルDF-21として中国に供与され、日米勢力の脅威となっている。

日本サイドのこうしたマルキストイスラム方面への寝返り、裏切りが、JAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事(背景に中国共産党中国中国公安部)である。

 

 

 

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